「死にたい」を踏みとどまるきっかけに──専門家に聞く“パパゲーノ効果”の現在地
2020年、日本の自殺者数は2万1081人となり、リーマン・ショック後の09年以来、11年ぶりに増加に転じた。著名人の自殺も相次ぎ、報道をきっかけにした情報の拡散が連鎖的な自殺を起こした可能性も指摘されている。その一方で、「パパゲーノ効果」と呼ばれる、自殺を踏みとどまるきっかけとなりうる情報発信にも注目が集まり始めている。日本自殺予防学会常務理事で、筑波大教授の太刀川弘和氏に、最新の知見を聞いた。(取材・文:西所正道/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
影響を受けやすい若年層と女性
――2020年は、著名人の自殺が相次ぎました。その中で、メディアの報道が自殺増加に影響したのではないかという指摘もありました。WHO(世界保健機関)も自殺報道のガイドラインを出し、「報道を過度に繰り返さないこと」「自殺に用いた手段について明確に表現しないこと」などをメディアに求めています。 「過度な自殺報道が大衆の自殺を誘発することを“ウェルテル効果”と言います。実際に、昨年は10月の月別自殺者数が最も多く、その背景にはウェルテル効果があったと、国の指定法人である『いのち支える自殺対策推進センター』も指摘しています。 実際はウェルテル効果の前に“模倣自殺”という概念があって、人は自分と似た境遇の人だったり、影響を受けたりした人の行動をまねしたくなる。その模倣行動が、集団で起こるのがウェルテル効果です。 若い人と女性は、一般的に被暗示性が高いとされていて影響を受けやすい。中でも若い女性はすごく敏感だといわれています。昨年のケースは、ネット上のニュースへのコメントやツイートなどが通常の数百倍拡散されたことも影響したのではないでしょうか」
パパゲーノ効果は自殺を予防できるのか
――報道にはウェルテル効果とは正反対、つまり自殺を予防する“パパゲーノ効果”というものもあるそうですね。 「パパゲーノ効果も、根っこはウェルテル効果と同じです。例えば、つらい気持ちを抱えたときに、自分がファンのアイドルがつらい体験を乗り越えた話をしているのを聞いたら、やっぱり励まされるじゃないですか。 要するに、死にたいと思っていた人が、つらい思いを乗り越えた人の話を聞くことで自殺を思いとどまる――そうした自殺予防作用が集団として起きることをパパゲーノ効果と呼んでいます。 過去を思い返しても、何かつらくなったときに本を読んだり、映画をみたりして、『やっぱ頑張るか』って思った経験がある方も多いのではないでしょうか。パパゲーノ効果は、メディアの報道に限らず、小説や映画でも起こりうると、アメリカの社会学者スティーブン・スタック(Steven Stack)氏は指摘しています」 「ただ、死にたいと考えていた人がパパゲーノ効果があるとされる記事を読むことで、本当に自殺を踏みとどまったのか分からないのではないかという指摘もあります。 パパゲーノ効果の名付け親で、2010年に初めて実証したオーストリアの研究者トーマス・ニーダークロテンターラー(Thomas Niederkrotenthaler)氏は、その後も効果を証明しようと研究を続けています。 例えば、死にたい気持ちを抱えた人を対象に、〈自殺願望を持っていた人がそれを乗り越えたという新聞記事〉を読ませた後、気持ちに変化があったかを聞き取った研究があります。その結果、被験者の死にたい気持ちは全体的に下がっていました」