慶應義塾長が語る「国公立大学の学費150万円」の真意
給付型奨学金制度の拡充、機関補助から個人補助へ
――現在、国立大学の授業料の標準額は約54万円ですから、150万円は3倍近くになります。一方、ヨーロッパでは高等教育を無償化している国もありますが。 諸外国と比較するときに注意しなければならないのは、日本の大学の特徴的なあり方です。ヨーロッパの大学はほとんどが国立です。アメリカはハーバードやスタンフォード、MIT(マサチューセッツ工科大学)などの有名校は私立ですが、私立の学生は全体の30%程度で、70%は州立大学の学生です。 それに対して、日本では国立大学の学生が16%、公立大学が3~4%で、残る8割が私立大学に通っているのです。2割しかいない国公立大学の学生の学費だけを税金で賄うのでは、全体の底上げができるはずがありません。国公立・私立という設置形態にかかわらず、個人負担のおおよその均一化が必要なのです。 そこで重要なのは、まずは給付型奨学金制度の拡充などアクセス保障の確保ですが、より根本的には機関補助から個人補助への転換です。東京大学や慶應義塾大学といった機関ではなく、個人に直接補助する。現行制度でも非課税世帯には手厚い補助がありますが、申請手続きが大きな負担となっています。2040年を見据え、国はマイナンバーを利用したプッシュ型の助成制度を確立すべきだと思います。マイナンバー制度で国民の所得状況などが把握しやすくなりますから、高校3年生のいる家庭には収入に応じて、例えば「あなたの次男が大学に進学する場合は、毎年30万円を補助します」などと、国のほうから通知するのです。どの大学に行くかはもちろん自由です。どこに入っても30万円を補助してもらえる。 国立大学は国が設置しているのですから、公費の補助が不可欠です。個人負担150万円+国庫負担150万円で、教育に必要な300万円を賄います。それとは別に、研究費の補助も必要です。学生は世帯収入に応じた補助を受けて、個人負担分を賄う。これこそマイナンバー制度の正しい使い方です。国の役目とは、人々の自由を担保しながら脱税のような悪事が生じないようにし、困った人を助けることなのですから。 (『中央公論』2024年10月号より抜粋) 構成:髙松夕佳 伊藤公平(慶應義塾長) 〔いとうこうへい〕 1965年兵庫県生まれ。慶應義塾大学理工学部卒業、カリフォルニア大学バークレー校でPh.D.取得。専門は固体物理、量子コンピュータ、電子材料、ナノテクノロジー、半導体同位体工学。2021年より現職。