慶應義塾長が語る「国公立大学の学費150万円」の真意
高水準の教育にはお金がかかる
今、教育全体を変革しようとすれば、AIの活用が前提となります。先日、国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長が本学で特別講義を行い、日本には戦争犯罪を裁く法律がないというお話がありました。通常、法学部の学生は刑事法、国際法、憲法などを積み上げ式に学びますから、入学したばかりの1年生が国際刑事司法の最前線の問題を理解するには知識も経験も足りない。ですがChatGPTのような対話型AIを使えば、各国の戦争犯罪を裁く法律の実例を調べ、日本の法体系のなかにどのように位置づけて制定するべきなのか、答えを導くことができます。こうした「仮の実践」とでも呼ぶべき経験があれば、基礎的な事柄を学ぶモチベーションを高めることにもなります。 日本語がわからない留学生も、AIが同時翻訳をしてくれるので、すぐに授業を受けられるし、先生にその場で質問することもできます。 重要なのは、「仮の実践」と基礎から着実に固める従来型の学習を組み合わせることです。AIを使って人間の力を高める。今、大学は社会からそうした教育を求められていると考えています。 AIの活用という話をしましたが、質の高い教育を実現するためにはどうしてもお金がかかります。例えば大学の図書館では世界の雑誌・電子ジャーナルを数多く購買契約していますが、近年は物価以上に高騰していて、タイトルを減らさざるをえない。各教室にエアコン、一つひとつの机にパソコン・タブレット端末用の電源ソケットを整備するといった設備更新の費用も必要ですし、電気代も上がっています。論文の指導や少人数教育には人件費がかかります。 このように考えていくと、2040年を見据えて質の高い教育を施すには、学生1人当たり年間で最低でも300万円はかかるのです。そこで私が提起したのが、「国公立大学の学納金は年間150万円程度に設定する」というものでした。正直なところ、数字だけが独り歩きしたような感がありますが。 なお、東大の授業料値上げの議論がありますが、標準額の2割まで増額できる現在の制度に基づいたもので、これまで相当な年月をかけて準備してきたのだろうと思います。特別部会の議論や私の提言との関連性はありません。