米大統領選、ついにカウントダウン…やや優勢のトランプと支持者に「反トランプ」アーティストの歌声は届くのか?
アーティストかアクティビストか
まさにアメリカ世論が真っ二つに「分断」された格好だが、過去記事でも触れた通り、何が真のアメリカ人なのかという価値観のところから相容れない勢力が対立しているので、分断の根は深い。 米国の分断が拡大した原因として、トランプ政権の人種差別主義を批判したのは、ラッパーのエミネムだ。警察官による黒人に対する暴力事件を契機に「ブラック・ライブズ・マター」の抗議行動が拡大していた2017年、BETヒップホップアワードで披露したフリースタイルパフォーマンスで「手腕があるのは人種差別だけ」とトランプ大統領を徹底してディスり、トランプ支持の自身のファンに対して、どっちにつくか決めろとまで迫った。 エミネムは、同年にリリースした「Like Home」でも、トランプ大統領を白人至上主義の「アーリア人」と呼び、憎しみを材料に民衆を分断するクー・クラックス・クランやヒトラーに例えるなど挑発的なメッセージを叩きつけた。エミネムの権力批判はブッシュ政権のイラク戦争時代からのことだが、もはやラッパーではなく政治アクティビストではないか、という批判も起きた。 世論への影響力の高いアーティストにとっては、政治的に中立でいることが難しい時代だ。とは言え、政治的な態度を表明することは、ファンを失うリスクを伴う。白人ラッパーであるエミネムは、生活保護を受けるシングルマザーに育てられ、白人労働者層の生活苦を自ら体験している。それゆえ白人労働者のファンも多いのだが、それはトランプコア支持層と重なる。 また、ポップシンガーとして絶大な人気を持つテイラー・スウィフトは、元カントリーシンガーだ。カントリーにルーツを持つ(参考記事:アメリカ「分断」を読み解く鍵は、カントリーミュージック?トランプ支持者の怒りが消えないワケ)こともあって、「赤いアメリカ」にもファンが多い。しばらく政治とは距離を置いてきたが、トランプ政権になって以降、中絶やLGBT権利を支持するリベラルであることを表明した。 今年の初め、テイラー・スウィフトが米国防総省の心理工作員である、というまことしやかな陰謀論が流れた。バイデン大統領を再選させるための秘密作戦に加担している、というのだ。ペンタゴンがわざわざ声明を出して否定したが、裏返せば、トランプ支持の一部陣営が、それだけスーパースターの政治的影響力を脅威と考えたとも言える。 そんなこともあって、テイラー・スウィフトはしばらく候補者支持を表明しなかったが、9月10日の大統領候補ディベートの後に愛猫と一緒の写真を投稿して、ハリス支持を表明した。猫と一緒、というのは、JDヴァンス共和党副大統領候補が民主党支持の中年女性を指して、「子供を産まない猫おばさんたち」と発言したのを皮肉ったものだ。 トランプ候補はこれを受けて、ソーシャルメディアに「テイラー・スウィフトなんて嫌いだ!」と書き込んだ。こうした一連の中傷のためかどうか、今年のNBC調査で、昨年と比べてテイラー・スイフトの好感度が7ポイント低下したという報道もある。 リスナーにとってもアーティストの政治メッセージが強くなってくれば、自分はただ、いい音楽を聴いていたいだけなんだ、という中立姿勢ではいられなくなってしまう。日本でも社会問題で発信をするアーティストが一部いるが、あたりさわりのない一般的なJ ポップでは、良くも悪くもそんな心配をする必要はない。