今村翔吾「かつて新人賞で落選した短篇、選考委員の『いつか長篇で読んでみたい』を励みに再挑戦。ダンサーの経験を描写に生かして」
◆人が心を通じ合わせるまで 僕がもう一つ描きたかったテーマに、「人と人とのつながり」があります。実はデビュー前の2015年に、同じタイトルの短篇を新人賞に応募し、最終候補で落選しているのです。言葉も立場も違う人たちが心を通じ合わせるまでの過程を描くには、枚数も実力も足りなかった、と今は思います。選考委員の先生の「いつか長篇で読んでみたい」という評を励みに、再挑戦したのが本作なのです。 長篇化にあたって史料を再調査するなかで、「踊念仏」で知られる一遍上人が六郎の親戚であるとわかりました。意外なつながりに興奮しましたね。出家後に故郷の伊予に何度も立ち寄っている記録もあり、河野家の運命を見守る「目」の役割を彼に担わせました。 僕は作家としてデビューする前、父の始めたダンス教室でインストラクターをしていて。踊りというものの得体の知れない高揚感、連帯感といったものを肌で知っています。それで、踊念仏が体制側にとって脅威であったというのも体感としてわかるんです。 僕はダンサーとしては花開かなかったのですが、そのぶん、できない人の気持ちがわかるから教えるのがうまかった。たとえば「バランスを取る時は2枚の板に挟まれたように」など、言語化して伝えられたのです。踊りの描写やクライマックスの戦闘シーンで、臨場感を出せたとすれば、この経験が生きたのかもしれません。
◆理想を語ることも作家の役目 令那の故郷はキエフ・ルーシ公国(現在のロシア、ウクライナ、ベラルーシ)。これは15年当時からの設定で、22年のロシアによるウクライナ侵攻とは無関係です。現実にも小説に書いたような悲惨な出来事が起きたことで、僕はその時に考えていた物語の結末が綺麗事に思え、一度は変更を考えました。 悩んだ挙句、理想を語ることも作家の役目なのではと思い直した。世界がこうあってほしい、という願いを描くことが、戦争への最大の抑止力だと思うからです。 これから書きたいテーマは、ずばり坂本龍馬です。書店経営を始めたのは、全国で書店の閉店が相次ぎ、活字文化が縮小している現状をなんとかしたい、という思いがありました。 書店組合や流通業者、出版社、経済産業省の会議にも顔を出して意見を伺うと、物流コストの問題一つとっても意見はバラバラ。薩長同盟のような劇的な出来事はなかなか起きそうにありませんが(笑)、“一人海援隊”として、間をつないでいきたい。そこでのさまざまな苦労を経て、一介の素浪人として幕末を生き抜いた龍馬の気持ちが、今すごく理解できる気がしているのです。 本作から続く「世界の中の日本」という視点からも、きっと面白い作品ができると思います。ぜひ期待してお待ちください。 (構成=篠藤ゆり、撮影=本社・武田裕介)
今村 翔吾
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