観光交通で注目の「グリーンスローモビリティ」、国内事例を専門家が解説、世界遺産エリアや温泉地など【コラム】
【事例3】北海道登別市登別温泉:自動車以外の回遊促す
温泉地では、観光客に旅館以外のスポットに回遊してもらいたいものの、移動手段として自動車は使ってほしくない、と思っている地域は多いのではないでしょうか。自動車は渋滞を作り、交通事故を誘発し、温泉地の風情を奪います。自動車によらない温泉地内の回遊手段の1つの答えがグリスロです。 登別温泉では、環境にやさしい観光地として世界的に有名になることを目標に、登別国産コンベンション協会~極楽通商店街~地獄谷展望台~大湯沼川天然足湯を結ぶ回遊モビリティとして、グリーンスローモビリティ「オニスロ」(名前は地元小学生からの公募)を2023年から導入しています。運行主体は登別国際観光コンベンション協会で、車両は登別市が無償貸与しています。定時定路線運行ですが、ルート上であればどこでも手を上げて途中から乗ることもできます。観光交通ならではの、本源的交通としての機能を生かすため、マスコットの湯鬼神が車両に乗って、楽しませてくれるエンターテイメント体験も準備しています。 グリスロの課題としては、定員も少なく低速ゆえ便数にも限りがあるため、運賃だけで収支を合わせることが難しいことが挙げられます。現在は乗車数の増加や観光地としてのイメージ向上などのために無償運行を実施していますが、運行経費の確保は課題です。 このような状況下でも、環境に優しい持続可能な観光地づくりのため継続したい取組ですので、財源確保のため地域内外の企業から支援を募る「応援サポーター制度」の導入や視察受入も積極的におこなっています。また、コスト削減の取組として、有償運送資格者ではなく温泉街の有志の方々にご協力をいただいてグリスロを運行しています。さらに、まちぐるみでPRに取り組んでいます。 今回ご紹介した3つの地域では、日光東照宮というキラーコンテンツからの分散、オーバーツーリズムに陥らず住民と共生できる観光客の受け入れ方、環境にやさしい温泉地としての世界水準のブランド構築、という観光課題をそれぞれ抱えており、グリスロというモビリティの導入が1つの解決手段となりました。 モビリティは観光客からも住民からも「見える」手段という特徴を持ちます。それゆえ、乗客のみならず、すれ違うだけの住民にも、脱炭素や公平性などモビリティが備え持つメッセージが自然と伝わります。これは逆も然りで、モビリティによっては負のメッセージも発信されます。観光客向けの回遊交通には、決定プロセスに住民関与が不要な場合もありますから、モビリティの導入が1つの課題を解決するものの別の問題を生んではいないか、三方よしの多様な視点で地域への影響を考えることが重要です。 記事:三重野真代(みえの まよ) 東京大学公共政策大学院交通・観光政策研究ユニット特任准教授。運輸総合研究所客員研究員。2003年国土交通省入省。観光庁、京都市産業観光局観光MICE推進室担当部長、復興庁企画官(東北観光復興担当)等を経て、2021年より現職。編著書に「グリーンスローモビリティ~小さな電動車が地域と公共交通を変える~」(学芸出版社)がある。
トラベルボイス編集部