前・立教大監督→現役復帰の上野裕一郎が「日本最速の39歳」になっていた…「おじさんに負けるなよ」若い選手に発破をかけながら記録更新に挑む
立教大監督の解任から現役に復帰した上野裕一郎(ひらまつ病院)が、年齢別記録をまたも更新した。常識では考えられないような挑戦を続けている39歳。何が上野をここまで駆り立てるのか。ニューイヤー駅伝を前にした本人に聞く、NumberWeb特別インタビュー。〈全2回の1回目/つづきはこちら〉 【写真】「マジでアラフォーですか?」39歳現役で若手選手とわたりあう上野の堂々たる走りと、上野が去ってからも箱根予選会トップ通過と躍進する立教大を写真で見る 13分38秒84。 39歳、5000mの日本記録であり、日本人最年長での40秒切りだ。 上野裕一郎は、11月10日の日体大記録会でこのタイムを出し、認定された。ちなみに上野は37歳(13分32秒36)、38歳(13分34秒54)の日本記録保持者でもある。
タイムとしてはあまり良くなかった
「日本記録を出せたのは、この年齢でやっている人が誰もいないからですよ」 上野は、そう言って笑みを見せる。 2018年に立教大の監督に就任した後も走ってはいたが、学生のペーサーだったり、たまに競技会に出る程度で、“速さ”を真剣に追い求めるのではなく、単純に好きで走っている感じだった。だが2023年、不適切な行為で監督を解任され、2024年、ひらまつ病院に入社すると選手としての活動を本格化させた。 「日体大のタイムは、5月にGGN(ゴールデンゲームズ in のべおか)で13分34秒54を出していたので、秋には13分30秒ぐらいは行けるかなと思っていたんです。でも、夏合宿に自分で考えたメニューをしっかりやり切ったら、疲労が抜けきらなくてあんまり調子が良くなかったんです。そういうコンディションの中でギリギリ出たみたいなタイムだったので、秋のタイムとしてはあまり良くなかったと思っています」
タイムを狙うなら春か
39歳最速のタイムに上野は不満そうな表情を浮かべたが、30秒に届かなかったのは個人練習に集中していたことに加え、チームとして駅伝に勝つための練習もこなしていたからでもある。 「ひらまつ病院は、駅伝を重視しています。5000mとか10000mだけだと、トラックでいい練習をして、あとは休めばいいんですけど、駅伝の15キロを考えると距離走やロングインターバルもしないといけないので、かなり練習量が増えます。秋は駅伝シーズンになるので駅伝に特化した練習をしていきます。そこで5000mに合わせていくのはちょっと難しいので、タイムを狙うなら春の方が出やすいかなと思いました」 DeNA時代から6年ぶりに本格的に選手に復帰し、しっかりとトレーニングを積んで走力を磨いてきた。練習を重ねるにつれ、当然だが、39歳の今と10年前とでは、いろんな意味で違いを感じた。 「若い頃は勢いで走れていましたけど、もう勢いだけじゃ走れないですし、身体の可動域とか使える筋肉がかなり減少しました(苦笑)。実際、動画で自分の走りを見ても、足のさばき方とか違うし、つま先を突いてから1歩の推進力がかなり落ちています。 そこを埋めていかないといけないので、高強度と低強度のトレーニングをメリハリをつけてやらないといけないですし、練習量も増えたのでけっこう疲労がたまるんですよ。その疲労も抜けにくい。昔は練習において考えることが10あったとしたら10やらなくても2ぐらいでよかったんですけど、今は10あるうちの10を考えてやらないと体が追いついていかないです」
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