新生活の悩みを相談するならどうすべき? 鴻上尚史が考える“相談するときの心構え”
日本にしかない「世間」にどう向き合うか――自分の判断力を磨くべき
――これから多くの方が新生活を迎えますが、新しい環境に一歩踏み出す際にどんなことを心がけておくべきでしょうか。 鴻上尚史: 自分の身の回りだけでなく、社会に目を向けて観察眼を磨いてほしいです。日本には「世間」という世界にはない特殊なシステムがあります。「世間」とは、自分と関係のある人たちだけを意識して暮らすこと。「世間」の反対語が「社会」で、それは自分に関係のない人を含めた全てのことを意識して暮らすことになります。 ある時、知り合いのブラジル人が、すごく驚いていたことがあって。新宿でベビーカーを持った女の人がフーフー言いながら階段を上がっている時に、周りの日本人は誰も手伝わなかったらしいのです。ブラジルだったらノータイムで助けに行ってベビーカーを抱えて上がるのに、と言っていました。一方で、彼が日本に来た理由は東日本大震災がきっかけだったのですが、その時は、海外ではよくある災害後の略奪はほとんど無かったし、コンビニではお金を置いて帰った人もいました。それほど優しい国民なのに、どうしてベビーカーは手伝わないのか、と。もちろんこのベビーカーの件は、たまたま彼が見かけた時がそうだったのであって、手伝う日本人もいるとは思います。ただ、僕はこの“日本人っぽさ”ってすごくよく分かるし、これが日本に存在する「世間」なのだと思います。 他にも「世間」にはいろいろな特徴があります。例えば、無条件に年上が偉いとか、贈り物が大事とか、または、同じ時間を生きるというのも「世間」の一つです。上司が会社に残っていると帰りにくいというのは、同じ時間を生きるということを大事にしているということ。「世間」を視点に考えると、会議でも良い意見を言うのが大事なのではなく、ダラダラ続けて同じ時間、同じ場所にいることで仲間として認定されるのが大事ということになってしまいます。 「世間」は日本にしかなく、頼りきってしまうと自分でジャッジする能力がどんどん退化していってしまう。逆に「社会」に目を向けてきた人というのは、例えば「この人、微笑んでいるけど目の奥が笑っていないな」など、人と出会うことで自分の判断力がどんどん鍛えられていきます。その方が人間にとってはプラスですよね。だから、ちゃんと磨いた方が良いと思います。 先日のニュースで、ある田舎へ移住する人向けの“わが町の特徴”のようなものが話題になりました。「都会風を吹かさないように」などと広報誌に記されていたようですが、これも分かりやすく日本の世間ってこういうものだよね、っていうのを表している。 そんな「世間」を理解したうえで飲み込んでしまうのか、あるいはそういうのは嫌だと思うのか。他人任せ、環境任せにせず、自分で判断できるだけでも精神衛生上は良いと思いますね。 ----- 鴻上尚史 1958年愛媛県出身。早稲田大学在籍中の1981年に劇団第三舞台を結成。全ての作品で作演出を担当し、紀伊國屋演劇賞、岸田國士戯曲賞を受賞。2011年の劇団解散以降、プロデュース公演や執筆活動、ラジオ、テレビへの出演等幅広く活躍している。 文:冴島友貴 (この動画記事は、TBSラジオ「荻上チキ・Session」とYahoo! JAPANが共同で制作しました)