83歳・みつはしちかこ「わたしぐらいの年代にとって一大事の<転倒>。『転ばない』が自慢の義母が転ぶ姿を見て、急いで飛んでいくと…」
60年以上愛される『小さな恋のものがたり』や、明るくにぎやかなファミリー漫画『ハーイあっこです』など、今も多くのファンを魅了する漫画家・みつはしちかこさん。83歳になり、家族のことを思い出しながら、ひとり暮らしを楽しんでいます。今回は、みつはしさんの新著『こんにちは! ひとり暮らし』から、心あたたまるエッセイの一部をお届けします。 【書影】思い出と暮らす。今を楽しむ。みつはしちかこ『こんにちは! ひとり暮らし』 * * * * * * * ◆おばあさんってだあれ? もしかしてわたし? 元気で忙しい義姉が、こないだ見た光景を話します。 「バスに乗って前を見たら、ずらっとおばあさんとおじいさんが並んでるのよ。ンマー、この世の中どーなっちゃってるの?」と、困ったような笑顔の義姉。 この人もゆうに80歳を越えているのですが、自分は老人とは別の人間と思っているらしい。 そういうわたしも、新聞記事などで「80ン歳の**さん」と書いてあるのを見て、“あー、80ン歳のおばあさんか”と、自分のことを忘れて思っちゃうのです。 友だちとの電話の最後には、必ず「おたがい転ばないようにね」と言い合っています。 わたしぐらいの年代にとって“転ぶ”ということは一大事なのですよ。 気をつけていても、万一転びそうになったら、上手に転びましょう。
◆「転ばない」が自慢だった義母 今は亡き義母は、「転ばない」が自慢でした。 ある日のこと、わたしが買い物から帰ってきたとき、わが家の物干し場で転ぶ義母の姿を、道路から目撃しました。 白いカッポウ着をつけた義母が、洗濯物を取り込んでいます。 あ、あ、という間にスローモーションで転んでいったのです。 物干し場の手すりにすがりながら上手に転んでいきました。 わたしは急いで家に入り、義母のもとへ飛んでいきました。
◆転んだ義母は、まさかの…… ところが、義母は洗濯物を胸に抱いて、すましてこちらへ歩いてくるではないですか。 そして、何事もなかったようにわたしとすれちがっていったのです。 「おばあちゃん、さっき物干し場で転びませんでした?」 義母はふり返りもせず、「転びませんよ、わたしは」と言うではありませんか。 わたし、転ぶところを見たんですけど……。 義母にとって、あれは転んだことにならないのでしょうか。 または、転んだことを隠したかったのかもしれません。
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