地方からベストセラー本を連発するライツ社 「世の中を揺り動かす本だけを作る」徹底的なこだわり
■失恋でナンパに開眼 その経験が面接で生きる 大好きだった人生初の彼女に去られ、悲しみに沈んだ髙野は、そこから唐突に「ナンパ」にはまる。「女性は星の数ほどいるよ」と慰める友人の言葉に「なのに自分にはぜんぜん話せる女性がいないのはなぜだ」と思ったのがきっかけだ。 「ナンパといっても深い関係が目的ではなく、ただ友だちと一緒に街を2、3人で歩いている女性に『よかったら一緒に飲みませんか』と声をかけて、安居酒屋でごちそうして楽しく話し、さよならするだけです。本職のナンパ師の人には『お前ら何がしたいんだ?』と怒られました(笑)」 髙野は「今考えると『自分が勇気を出せば、世界の全員と友だちになれる』ことを確かめたかったんだと思います」と振り返る。 大学院の在籍期限が近づき、就職先を探し始めたとき、最初は本を大事に思っていたがゆえに出版業界を目指さなかった。だが書店営業の面白さ、楽しさが書かれた本を読み、「営業ならできるかも」と考え始める。関西に愛着がある髙野は、いろは出版の採用に応募。面接でナンパの経験を話すと面白がられ、27歳の新人営業として採用された。 大塚はいろは出版で本づくりへの基本姿勢を、髙野は書店営業の面白さをそれぞれ学んでいく。 入社して4年目、大塚は『僕が旅に出る理由』という本を手掛ける。中央大学と早稲田大学の大学生バックパッカーが持ち込んだ企画だった。大塚は彼らとともに、大学生100人の個人旅行の思い出を文章と写真にまとめた。同書は無名の大学生の本にもかかわらず飛ぶように売れ、4万3千部まで版を重ねる。その経験で大塚は「自分の得意な領域で勝負すれば、無名の著者でも売れる本ができる」と確信した。 大好きな本を売る仕事についた髙野も、書店営業にのめり込んでいった。だが雑貨が商材の中心のいろは出版には一般書の営業ノウハウがなく、書店の新刊棚にとにかく多数積んでもらうしか売る方法がなかった。 「『農家の夢』って本を渋谷のTSUTAYAにゴリ押しで数十冊積んでもらいましたが、渋谷で農家の本が売れるわけありませんよね(笑)。それぐらい何もわかってなかった」 ある日、社外のアドバイザーが雑談で「出版営業って売り方の工夫ができないから可哀想(かわいそう)だよな」と言ったことに、髙野は腹を立てた。 「自分たちが知らないだけで、歴史ある出版社がうちのような単純な売り方をしているわけがない」 そう考えた髙野は知人の書店員が誘ってくれた出版業界の飲み会で、初めて会った他社の営業に「どうやって売っているんですか」とストレートに疑問をぶつけた。そこで初めて、売れた冊数に応じて書店に渡す報奨金のことや、トーハン・日販などの取次に対する営業、書店本部のキーマンの存在や、紀伊國屋書店での実売データの活用法などを知った。 「それを聞いて『やれること、めちゃくちゃあるやん』と、営業が一気に立体的になりました」 大塚が面白い本を作り、髙野が仕掛けて売る。いろは出版の出版部門は着実に成長を続けた。だが2016年、他部門の不振で社員全員の給与がカットされることをきっかけに2人で独立を決意。明石にある大塚の祖父が建てたマンションをオフィスに、ライツ社を設立した。