地方からベストセラー本を連発するライツ社 「世の中を揺り動かす本だけを作る」徹底的なこだわり
本は売れないと言われて久しい。それなのに、兵庫県明石市の出版社「ライツ社」は、ベストセラーを次々生み出す。編集長の大塚啓志郎は一冊ずつ、丁寧にこだわり抜いて作る。その本を、営業責任者の髙野翔がベストセラーにするべく営業をかける。きちんと作って売れば、出版はまだ儲かる。何よりも本を大事に思う2人が、どうやってヒットを生むのかを追った。 【写真】この記事の写真をもっと見る * * * 明石海峡大橋を過ぎて西に走る電車の窓に、夏の終わりの光にきらめく瀬戸内の海が現れた。JR明石駅を降り、商店街の新鮮なタコや魚を売る店を眺めながらしばらく歩く。やがて着いた古い5階建てのマンション。1階の窓ガラス越しに数名の男女が机に向かい働く姿が見えた。ここから全国で話題のベストセラーが次々生まれているのが意外に思えるほど、その出版社は住宅街に溶け込んでいた。 髙野翔(たかのしょう・41)と大塚啓志郎(おおつかけいしろう・38)がライツ社を創業したのは2016年のことだ。 出版業界は20年以上にわたり業界全体の売り上げ減少が続いている。スマホの普及で電車内で「本を読む人」を見ることも珍しくなった。そんな時代に兵庫県の明石市で2人は起業した。最初は「無謀」と評する声もあったが、今では「出版界の希望」と言われるほどの快進撃を続けている。 2万部を超えればヒットといわれる近年の出版市場の中で、ライツ社の刊行物のヒット率は驚異的だ。YouTubeで大人気の料理研究家リュウジのレシピ集『リュウジ式至高のレシピ』と同『悪魔のレシピ』はそれぞれ31万部、24万部を超え版を重ねる。写真家ヨシダナギが世界の少数民族を撮影した写真集『HEROES』は1万2222円と高額ながら1万部以上も売れ、数々のニュースに取り上げられた。小説家・知念実希人が執筆した児童向けミステリー『放課後ミステリクラブ』は児童書で初めて本屋大賞にノミネートされ、シリーズ累計25万部を超える。ヒット作に恵まれた2年前は社員一人あたり7千万円もの売り上げを達成。この数字は最大手の出版社に比肩する。 「僕らはもともと出版の良かった時代を知らないので、必死で努力してきただけです」とにこやかに言う髙野。「今でも出版は儲かりますよ。ちゃんとやれば、ですが」と静かに、信念に満ちた口調で語る大塚。 ■余震の中テーブルの下で 兄と本や漫画を読んだ なぜライツ社は出版界の逆風をものともせずヒット作を生み出し続けられるのか。 編集長としてライツ社のすべての本の制作に携わってきた大塚は1986年、明石市で男4兄弟の末っ子として生まれた。母が本好きなことから家の壁一面に本が並び、物心つく前からたくさんの絵本を読み聞かされ育った。 8歳のときに阪神・淡路大震災が起き、幸い家族にけがはなかったが、古い木造の家が半壊した。大塚は余震に揺れる家で、ダイニングテーブルの下に兄と潜り込み、本や漫画を読みながら親の帰りを待ったのを覚えている。設計士の父は、震災直後から自宅を後回しに、被災した近所の家々を修理して回った。大塚が父と仕事を手伝う家族の様子を作文に書くと、しばらくして、小学生の震災に関する記憶をまとめた本に収録された。 「誰かに何かを伝えることに関心を抱いた最初のきっかけが、その作文だったと思います」