ヒアリ上陸、私たちはこれから何に備えるべきか?
どうやってヒアリを見分ける? もしヒアリに刺されたら?
現状、政府の具体な対策は、港湾・空港というヒアリ類にとっての「玄関・入り口」に集中しているが、実際には、輸入されたコンテナ類は、即時に国内の様々な地域に移送されており、ヒアリやアカカミアリはどこに運ばれてもおかしくない。そうなると我々の生活環境に近いところに彼らが突如現れることも想定しなくてはならず、やはり一般の方々にとっても、どうやったらヒアリを見分けて、刺されるのを防ぐことができるのか、という予防策がもっとも気になるところだと思う。 ヒアリ・アカカミアリの形態的な特徴については以下の環境省のHPに記されているのでご参照いただきたい(「ヒアリの簡易的な見分け方(暫定版). 2017.7」)。その他の特徴としてはアリ塚と言われる砂山を巣の入り口に作ることがマスコミでもよく紹介されている。もし、これらの特徴に当てはまるアリが見つかれば、まずは最寄りの自治体や環境省の地方環境事務所に連絡を入れて調査をお願いすることが必要となる。 一方で、これらの特徴を捉えて、ヒアリやアカカミアリの存在がいち早く発見できれば被害も抑えられ、防除も進むと思われるが、わずか数ミリのアリが足元を歩いているのを、ヒアリであると瞬時に見分けることは、昆虫学者であっても簡単なことではない。また、一番わかりやすい目印とされるアリ塚は、相当に巣が大きくならないとできないので、逆に、アリ塚が出没する頃には刺される被害も多数報告されていると想定される……。 まだひとつも巣が見つかっていない現段階から、アリさえ見ればヒアリかも、と恐怖心を抱くのも合理的ではない。アリを避けて生活したいと思っても、アリなんて色んな種類がそこら中にいる。そんなものをいちいち気をつけて生活していたのでは、むしろ精神が持たない。 では、どうすればいいのか? まず、万が一にヒアリに刺された場合にすべき対処法を身につけておくことが肝要であろう。野外やあるいは家の中でも、アリに刺されて激しい痛みを感じた時は、そのアリがヒアリかアカカミアリである可能性を疑い、一人きりにならないようにする。アナフィラキシー・ショックは10分~30分という比較的短時間で現れるので、身体に異常を感じ始めたらすぐに周囲の人に助けを求めて、救急車を呼んでもらう。症状が重いと、携帯電話をとることすらも難しくなる恐れがあるから一人になることを避けなくてはならないのである。この一連の応急処置をできるだけ広く認知してもらうことが重要となる。 ちなみに、これまでにヒアリの危険性について、ヒアリに関する国内外の教科書に「米国では年間100人の死者数」と説明する記述があり、筆者も含め多くの研究者やメディアがこの数値を引用してきた。環境省のHPにも同様の説明がなされていたのだが、つい先日、この100人という数値に明確な根拠がない、という理由で該当する説明文をHPから削除することを環境省大臣自らが報道発表して話題になった。確かに「100人」を指し示す科学的な論文やレポートはなく、この数値には再検証が必要とされることは間違いないが、一部に「死亡例はない」という内容にすり替わって報道されたことは、明らかに情報の誤発信である。 ヒアリの侵入の歴史が古い米国では、多くの人が刺されて命を落としてきたとされ、1989年には医師からのアンケート調査により最低でも44の死亡例があったことを報告する科学論文も出版されている。もっともこの数字が年度での死亡者数なのか、累計なのかは不明であり、またアンケート回収率が低かったことから、過小評価かもしれないともされている。最近でも米国ではヒアリによる痛ましい死亡事故が報道され話題になっている。 いずれにしても、米国内での死者数に関しては詳細な統計調査を行う必要があるが、「年間100人の死者」という数字は現時点では過小評価なのか過剰評価なのかも定かではなく、リスク管理の観点からは、死亡例があるという点に注意を払う必要がある。オーストラリア、中国、台湾で死者が出ていないとされるのは、あくまでも応急措置が適切にとられ、アナフィラキシーを発症しても「一命をとりとめている」からに過ぎない。 例えば日本でも同様の刺傷リスクをもたらす昆虫にスズメバチがおり、年間10~30人の死者を出しているが、その多くが林業従事者とされる。つまり蜂に刺されてアナフィラキシーを発症しても、周囲に気づいてくれる人がいなかったり、あるいは山林という立地から病院までに距離があったりしたために、治療が間に合わず死に至っていると推測される。ヒアリでも適正な処置を受けなければアナフィラキシーで死に至るリスクは十分に備わっている。 必要なことは、リスクの存在と対処法を周知しておくことである。もちろんアナフィラキシーのリスクや対処法はアカカミアリでも同様である。