"4度のオーバータイム"を戦い抜いた東京医療保健大、リーグ戦30点差で敗れた相手に最後まで 恩塚亨監督「選手に感謝と敬意」
大学での指導復帰にあたり、最初は別の役職も考えた
今夏のパリオリンピックで女子日本代表の指揮を執った恩塚監督は、10月4日に再就任が発表された。チームは関東大学リーグ戦の最中。10月27日には最終戦で白鷗大と対戦し、67-97で敗れた。 その後はインカレで白鷗大に勝つことだけを考えて準備した。「決勝から逆算して、残り1カ月という限られた時間の中でできることは何だろうと。私だけでなくて、アシスタントコーチも学生たちも、できることは全部やりました。これ以上ない準備をしてきたので、スタッフにも感謝です」 就任直後から、練習は格段にきつくなったという。恩塚監督は「内容や組み合わせを変えてたんですけど、たぶん選手はきつすぎて30分ぐらいで眠くなってるみたいな、そんな状況でスタートしました」。ただ、選手はついてきてくれた。主将の野坂葵(4年、鵠沼)は「きつい練習が続いて、チームもきつい状態だったので、士気が下がるかなと思ったんですけど、そこから選手たちの気持ちを上げてくれる言葉だったり、ハイタッチでの表現だったり、一つひとつの恩塚さんの行動が、自分たちの活力になっていました」と感謝を述べた。 前回は2021年まで東京医療保健大の監督を務めたので、今の4年生は1年生のときに以前の恩塚監督を経験している。ただ、当時はコロナ禍の影響もあり、じっくり見てあげることができなかったと恩塚監督は悔いる。「結構不遇なゲーム経験のない選手たちが多くて、私も鍛えてあげられなかった申し訳なさがあって、それを挽回(ばんかい)したい思いはありました」。東京医療保健大へ戻るにあたり、最初は別の役職に就くことも考えた。ただ「私と一緒にバスケットをしたいという思いで来てくれた選手もいる」と聞き、「全部背負ってやるしかない」と覚悟を決めた。
「必死にやるしかない」と思い直した
「なりたい自分になる」「選手の命が輝いてほしい」というのが、指導者としての信条だ。ただ、その神髄まで選手たちに落とし込むには、今シーズンでは時間が足りなかった。3年ぶりに大学の現場へと戻り、自らに起こった心境の変化は「僕が一番必死にやること」だと言い切る。 「今までも必死だったんですけど、やっぱりチームのことを分かっていたから、ある程度余裕を持ってできたんです。でも、今は分からない。僕がどっしりと構えていたら、たぶんうまくいかない。だからもう、必死にやるしかないと思い直しましたね」 2年連続でインカレを制した白鷗大の佐藤智信監督は試合後、「彼が戻ってきてくれたことで、学生バスケットのレベルがどんどん上がっていく。これから色んなチームが色んなことを考えるようになるので、女子バスケットボール界が良い流れになるんじゃないかと考えています」というコメントを残した。レベルが上がることに比例する形で、人気もますます上がってほしい。決勝での大激闘は、それだけのポテンシャルを秘めていることを示したとも言える。
第76回全日本大学バスケットボール選手権大会 女子決勝
12月8日@国立代々木競技場第二体育館(東京) 白鷗大学 111-103 東京医療保健大学 ※東京医療保健大は2年連続の準優勝
井上翔太