銀座の街に、人魚が逃げた? 作家・青山美智子さんが発見した「アンデルセンの新たな解釈」
週末の銀座に突如現れた「王子」と、五人の男女が交錯する青山美智子さんの新作『人魚が逃げた』。"物語と向き合う物語"でもある本作のきっかけは、意外なところにありました。『文蔵』2024年12月号では青山さんにお話しを聞きました。 【この記事の画像を見る】 (取材・文=瀧井朝世 写真=土佐麻里子) ※本稿は、『文蔵』2024年12月号より内容を抜粋・編集したものです。
物語は生きている
――新作『人魚が逃げた』は、さまざまな要素が詰まった連作集ですが、出発点はどこにあったのでしょうか。 【青山】3年前にニシキヘビが逃げたニュースが話題になったんです。2週間くらい見つからなくて、テレビで専門家がニシキヘビのことを語ったり、どこにいるか予想を立てる人がいたりして。あの頃、見つかるまでの間みんながニシキヘビのことを考えていたんですよね。実は私の家から遠くない場所の出来事だったので、私も、飼い主さんやニシキヘビの気持ちを想像していました。 編集者さんと雑談でその話をしていた時に、みんなが知っているけれど詳しくは知らない生き物が逃げた話はどうだろう、と思いついたんです。いろいろ話すうちに、ぽろっと「人魚かな」と言ったら、「それでいきましょう」と言われて。 ――銀座を舞台にしたのは、どうしてですか。実在の場所がたくさん出てきますね。 【青山】人魚の次に考えたのが場所でした。銀座は、私が東京に出てきて最初に働いた町なんです。田舎から出てきて、ある人から銀座の出版社の仕事を紹介されて、面接の日にその方と待ち合わせたのが和光の前でした。 銀座って絵空事のようなお店があって、碁盤の目のようになっていて、ちょっと角を曲がると全然違う世界があったりする。田舎から出てきた自分にとって不思議なことが起きてもおかしくない場所という気がしていました。なので、銀座と人魚の組み合わせは私にとっては相性が良かったんです。 ――作中、アンデルセンの童話「人魚姫」にも言及されます。もともとこの童話については詳しかったのですか。 【青山】いえ、最初はこの話に「人魚姫」を出すかも決めていなかったんです。でも五人の主人公の一人としてクラブのママが浮かんだ時、クラブホステスの女の世界と、人魚姫のお姉さんたちの世界がリンクしたんですね。それで「人魚姫」の話を出したくなりました。 「人魚姫」の本もたくさん目を通しましたが、ことごとく内容が違うんですよ。同じ物語でも人の手でどんどん変わっていったところに、ニシキヘビの生態じゃないけれど、小説の生態みたいなものを見た気がして、「物語は生きているんだな」と感じました。 そこから小説や物語ってなんだろうと考えて、いろいろな発見があったんです。なのでこれは、小説書きとして大きな意義や覚悟みたいなものが得られた作品ですね。