昭和の日本人はなぜ海外で“暴走”したのか? 90年代まで続いた「売春ツアー」、経済大国の蛮行が現代に問いかけるものとは
タイ売春騒動が変えた認識
日本の売春ツアーに対する社会的認識が大きく変わったきっかけは、1994(平成6)年に起きた『タイ売春読本』を巡る騒動だった。 この本は、データハウスから刊行され、バンコクの売春産業を赤裸々に暴露したガイドブックだった。執筆者たちは実地調査と称して売春施設を訪れ、料金システムや店舗の詳細な評価をまるで一般的な観光ガイドのように掲載していた。 同出版社は、当時「鬼畜系」と呼ばれるサブカルチャー書籍を多数出版しており、この本もその一部にあたる。制作にあたっては、現地でライターたちが体験取材を行った。しかし、そのような“努力”があったとしても、この本は重大な人権侵害として強く非難された。この本の存在がタイ国内で報じられると、現地メディアは 「タイ女性の尊厳を踏みにじる行為」 として激しく批判し、タイ政府も怒りを表明する事態にまで発展した それまで日本では、海外での売春ツアーが「必要悪」として黙認され、時にはビジネスチャンスとして捉えられることが多かった。しかし、『タイ売春読本』に対する国際的な批判は、そのような認識を根本から変えるきっかけとなった。 この騒動は、売春ツアーが単なるグレーな商行為ではなく、他国の女性たちの人権と尊厳を侵害する重大な問題であることを、日本社会に強く示す結果となった。
日本の尊厳を問う現状
現在、日本は“歴史の皮肉”ともいえる転換点に立っている。 かつて「買う側」だった日本が、今や「買われる側」となり、その立場は完全に逆転した。過去に日本人観光客が行っていた行為が、 「いかに相手国の人々の心を傷つけ、尊厳を踏みにじってきたのか」 その痛みを、私たちは今、身をもって理解している。 新宿で起きていることは、決してひとごとではない。円安を背景に、インバウンドの性的観光の対象になっている現状は、 「日本人の尊厳」 にも関わる問題だ。SNSで広がる日本の歓楽街の様子は、日本を安価な快楽を提供する場所のように描いている。 しかし、この苦しみには深い学びが隠れている。かつて経済大国だった日本が無自覚に他国の人々に与えてきた屈辱と苦痛。その重みを、今、私たちは実感として理解しつつある。相手の立場に立って考えることの重要性を、歴史は皮肉な形で私たちに教えているのだ。
キャリコット美由紀(観光経済ライター)