新型コロナ収束のカギ握る? でも簡単じゃない「集団免疫」
【条件3】ウイルスの感染力の強さは?
ワクチンができたとして、次に考えなければいけないのは、どの程度の人数にワクチンを打たなければならないか、ということです。言い換えれば、どれくらいの人数が獲得免疫を持っていれば感染症を封じ込められる(=集団免疫が確立する)のか、ということです。そこで必要になってくる重要な情報の一つが、新型コロナウイルスの感染力についてです。 例えば、感染力が非常に強い病原体に麻疹ウイルスがあります。何も対策がない場合、1人の感染者から平均して20人近くに感染するといわれています。麻疹を封じ込めるためには獲得免疫を持った人がどれくらい必要なのでしょうか。計算してみると、おおよそ95パーセントとなります。日本において、麻疹ウイルスのワクチンをほぼ全員が打つことになっているのはこうした背景にもよります。 新型コロナウイルスの場合、何も対策をしない状況下では、1人の感染者から平均して2.24~3.58人に感染するのではないかという報告があります。しかし、この数字は発症した患者の人数から計算されており、無症状患者の人数が含まれておりません。十分なデータが揃っていないため、この数字が実際どれほど正しいかはまだ分かりません。
コロナの「集団免疫」確立にワクチンは必要?
獲得免疫は、生活の中で一度その病原体に感染することで作られると書きました。この考え方から、多くの人が新型コロナウイルスにどんどん感染していけば、いずれはワクチンを使わずに集団免疫が確立できるのではないか、という議論があります。しかし、この議論は慎重に行う必要があります。 まず考えなければならないのは、ワクチンを使わない場合に、集団免疫が確立するまでどれくらい時間がかかるのかということです。新型コロナウイルスが上述のように1人から平均して2.24~3.58人に感染すると考えると、計算上、55.4~72.1パーセントの人が獲得免疫を持っていないと集団免疫は確立しません。しかし、獲得免疫を持っている人は現状かなり少ないという報告もあります。獲得免疫がどれくらい持続するかも分からない中、集団免疫の確立には相当な時間がかかる可能性があります。 また、新型コロナウイルス感染症の危険性についても考えなくてはなりません。感染してもほとんどの人は回復しますが、中には重症化して亡くなる人もいます。感染する人が多ければ多いほど、亡くなる人も増えていくと考えられます。日本をはじめほとんどの国で、ワクチンなしで集団免疫を確立するには犠牲者の数が多くなり過ぎると考えられています。そこで現実的には、集団免疫を確立するよりも、まずはなるべく感染を広げないための対策をとっています。「密を避ける」「外出を控える」などは、まさにこのための対策です。 ◇ 現時点では、新型コロナウイルスに関する情報がまだまだ足りません。集団免疫の確立はまだまだ先の話になるでしょう。そして、どれくらい先になるのかは、例えばこの記事で触れたような条件のバランスによって変わってきます。 では、私たちは無防備なのかといわれると、そうではありません。最初に自然免疫の話をしましたが、獲得免疫に劣らず優秀な免疫システムです。食事や睡眠など、日々の生活において体調を整えることで、自然免疫を強く保つことが出来ます。また、手洗いやマスク、密な場所を避けるなどの基本的な対策でも感染を抑えることが出来ます。ワクチン開発までまだ時間がかかりそうな現状では、まずは私たちにできる対策をコツコツと続けていきたいですね。
◎日本科学未来館 科学コミュニケーター 綾塚達郎(あやつか・たつろう) 1989年、大分県生まれ。専門は畜産学。牛と牛の餌となる稲を研究。民間の教育出版会社を経て、2017年10月より現職。趣味は雑草の名前を覚えること