現代人が失った「性欲」と「エロス」を取り戻す物語…50年ぶりの新生『エマニュエル』、映画の見どころとは?
東南アジアに赴任した若妻の奔放な性を描いて1974年に女性たちを熱狂させた映画『エマニエル夫人』が、現代に時を移し、再び蘇る。50年の時を経て、女性のエロティシズムと欲望はどのように変化したのか。SNSやインターネットの普及によりエロスが無味乾燥化した現代にあえて「官能とは何か」を問う、オードレイ・ディヴァン監督の最新作『エマニュエル』が1月10日から全国上映される。それは現代人のヒロインが失ったエロティシズムを取り戻し、悦びに目覚めて行く物語だった。 【写真】くしゃくしゃのシーツに全裸で横たわる「新・エマニエル夫人」!?リメイク版の予告ビジュアル、セクシーすぎると話題に 籐で編まれたピーコックチェアで脚を組むシルビア・クリステル......。耽美なヌードのポスターが社会現象にまでなった『エマニエル夫人』。年上の夫に言われるがまま、セックスを面倒な感情抜きで誰とでも愉しむ、ある種"両性具有的"な若妻の性。70年代当時としては画期的なこの作品は、同性愛やマスターベーション、乱交などセンセーショナルなプレイがフレンチシネマ的演出でスタイリッシュに描かれ、女性も堂々と楽しめるポルノ作品の先駆け的存在となった。日比谷のみゆき座は昼間から大行列となり、観客の75%が女性客。日本国内の興行収入は約4億円という洋画にしては異例の大ヒット。 そんなブームから50年。『あのこと』(2021年)でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を獲得したオードレイ・デイヴァン監督が手がけた新生『エマニュエル』。スマホで無料ポルノがダウンロードできる令和において、女性の欲望はどう変わったのだろう。
セックスがあっても、親密感が生まれない世界。
日本の20代から50代の夫婦の約7割がセックスレスだという調査結果を見たことがある。さもありなん。性的コンテンツが容易に手に入る世の中になればなるほど、人々の性的欲望は無機質で味気ないものになり、官能性が薄まって行くのは当然の帰結。それを『エマニュエル』のヒロイン、エマニュエルの姿は端的に示している。冒頭、飛行機内でのセックスシーンは前作へのオマージュだが、そこに悦びはなく、情緒のない即物的なファックがあるだけだ。前作の舞台はタイだったけれど、今作では香港。ホテルの品質調査員であるエマニュエルは、ワンナイトスタンドには積極的なのに不感症気味。彼女が暮らす世界は目に触れるものすべてが従業員の手によって完璧に設えられた、高級ホテルという人工的舞台装置の中。異邦人である彼女は、賑やかなダイニングに身を置いている時でさえとても孤独だ。職業柄、目に入るものを分析せずにはいられず、会話も「堅苦しくて皮肉っぽい」から、他者との間には常に壁がある。すべてが自己完結する世界。セックスがあっても、そこに親密感は生まれない。 そんなヒロインに、電話口の女の声が告げる。「すべてを楽しむの。匂いも色も、綺麗な花も」。この「五感を駆使して堪能する」ことがまさに、現代人が失ってしまった(ように見える)性欲とエロティシズムを取り戻すために必要なこと。台風の夜の停電により、宿泊客たちが暗がりの中、キャンドルの灯りの下、舌だけで料理を味わい、生演奏の音楽で晩餐を楽しむ様子は、電子機器に依存するあまり、真の欲求すらもわからなくなってしまった我々の生活を示唆している。欲望すらコントロールされているこの世界では、その平穏を乱すような事件が起きなくては、本物のエロティシズムなんて得られないのだ。 そう、観客はエマニュエルの目を通して、彼女とともに官能を発見していく。謎めいた日本人ビジネスマン、ケイ・シノハラやアジア人の娼婦との交流を通してインティマシーを深め、シノハラが居ない間に客室に忍び込んで枕の感触を確かめ、彼が使う浴槽の水の味(!)を味わってみる。そうやって、エマニュエルはひとつひとつ、感覚を目覚めさせていくのである。このフェティッシュな彼女の行動は、同じ香港で撮られたウォン・カーウァイの名作恋愛映画『花様年華』(2000年)のような趣きがある。もっとも『花様年華』でヒロインがこっそり味わうのは、愛する人が嗜む煙草の味だったが。