ささやかな気配を感じとる大巻伸嗣の個展へ|青野尚子の今週末見るべきアート
光や風に満ちた空間を歩いていくと、次々に異なる景色が現れる。東京・六本木の〈国立新美術館〉での大巻伸嗣の個展には観客を包み込むようなダイナミックな作品が並びます。闇と光がせめぎあう、ここでしか味わえない空間です。 【フォトギャラリーを見る】 各地の芸術祭などで作品を見る機会も多い大巻伸嗣。10月9日まで行われていた〈弘前れんが倉庫美術館〉、開催中の中国〈A4 ART MUSEUM〉に続き、今年は3つめになるという個展には「真空のゆらぎ」というタイトルがついている。 「真空とはそこにあったものが抜きとられたときに起こる現象です。失ったものに対して新しい運動が生まれる、それが『真空のゆらぎ』なのではないか」と大巻はいう。 「私たちの存在、不在が攪拌され、停滞することなく、うねりながら真空の中に注ぎ込まれたりする。あるいはスポンジのように柔らかくぐにゃぐにゃしていて、呼吸するように何かを吸い込み、吐き出す」
今回の大巻伸嗣の個展会場はあらゆるものが動きを止めた真空ではなく、常にいろいろなものが流れ込み、吐き出されるような場なのだ。 会場ではまず大きな壺の形をした《Gravity and Grace》が目に入る。この作品は奥行きのある空間に展示されているので、入口からはささやかなものに見える。しかし、歩を進めていくと見上げるばかりの大きさで迫ってくる。黒く塗られた床をよく見ると、テキストが書かれている。これはこの個展の図録のために詩人の関口涼子が書いた詩の一部だ。 「僕が自分の口で説明してしまうとつまらない。詩はイメージにつなげてくれるのがいいと思って、関口さんにお願いしました。ただきれいなだけではなく、問いをなげかけられるようなキーワードだと思います」
関口の詩を断片化して作品とともに使ってもいいか、大巻が尋ねると彼女は「ぜひ、ばらばらにして使ってください」と答えた。《Gravity and Grace》に向かって歩いていくと「瞼の裏で休む影。」「光に何度でもひっくり返されて。」といったテキストが床に見える。 「ある行為を指示するようなテキストもあるので、気づいた人はそのとおりに体を動かしてみるのもいいかもしれません」と大巻は言う。 ただし、テキストは黒い床に黒い文字で書かれている。《Gravity and Grace》からの光があたったほんの一瞬だけ、床から浮かび上がる。 「影の世界から立ち上がって消えていく、ささいな『気配』です。一つひとつの言葉はばらばらでも、その光で自分の言葉と関口さんの言葉が結びつく」 《Gravity and Grace》には花々や動物にまざって、線で世界地図が描き込まれている。つながったその線の上を動物たちが歩いているのだが、こちらも言われなければわからない「気配」のような地図だ。