「自分の最期が近づくにつれ、夢に出てくるように」…元助産婦の老女が死の間際、看取り医だけに告白した「許されない罪」の中身
足しにもならない終末期の点滴
「先生、それから、点滴を少し私に流してもらえませんか?」 と老女は言った。あんなに嫌がっていた点滴を希望するとはどういう風の吹き回しなんだと意図を理解できずにいると、「娘を呼んでください」と頼まれた。 娘さんを呼ぶと、台所から飛んできた。老女は、何かが起きたのかと不安そうにしている。 「先生に点滴をしていただくことにしたよ。お前も安心だろう。でも、これが最初で最後だよ。心配かけてごめんなさい」 その言葉を聞いた娘さんは再びべそをかいた。私はまだ、老女の意図がつかめない。庭に停めてある私の往診車に戻り、点滴のセットを持ち出して部屋に戻った。老女は諭すようにまだ娘と何かを話していた。 老女の腕を駆血帯で圧迫し、血管に針を刺す。そして吊るした点滴を、ゆっくりと落とし始める。老女は娘さんに「じゃあ点滴が終わったら呼ぶから」と言って、再び席を外させた。 昭和天皇の写真と、先祖の遺影が見下ろす部屋で再び二人だけとなった。老女は「点滴をすると言ったら、ほんと娘は喜んでましたねぇ。こんなもん何の足しにもならないというのに…」とぼやいた。 長く保健師をされていたからだろう。終末期の点滴が体のむくみをうみ、余計に患者を苦しくさせることを知っていたように思える。一方で老女の意図は別のところにあり、「自ら死を選ぶことを決めた自分に何をすすめても無駄だ」という意味合いにも聞こえた。正直、判断がつかない。どっちにしても老女に点滴が無意味であることに変わりはない。 「足しにもならないこともご存じなのに、なぜ点滴を希望されたのですか?」 「少し娘の気持ちを楽にさせてやろうかと…。かわいそうかなと思いまして」
「医者を揚げる」
老女の行動で、ある話を思い出した。 「昔、日本のある地域で『医者を揚げる』という言葉があったそうですよ」 老女は首を傾げた。 「どういう意味でしょうね?『芸者を揚げる』というのは聞いたことがあるけど」 「ただ、この話をしてくれた方から聞いた話では、戦前の日本、まだ貧しくて親を医者に診せたり、病院もなくて入院させることができなかった時代の話のようです。今のような国民健康保険もなくて、いよいよ親の命が尽きそうになった頃に、やっと金銭を工面して家に医者を連れてきて診察をさせることを『医者を揚げる』と言ったそうで、その地域では医者を揚げられれば、長男としての役目を立派に果たしたと言うことになったそうです」 診察も食事も拒む母親のために何かができた娘さんは「医者を揚げて」、心が軽くなったに違いない。それに気づいた老女は、 「私が死ぬのは勝手だけど、このままじゃ娘も悩んでしまうものね」 と娘さんのことを慮ってみせると、しばらく黙り込んだあと、深呼吸のようなものをして本題を切り出してきた。
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