最後の晩餐は牛丼で
三日後、僕がやった仕事がネット記事の片隅に上がっていた。男はむかし、ちょっと顔の売れた芸能人で、一時はテレビ局から下にも置かない扱いだったが、親が作った事務所に移籍した途端、マスコミは掌を返した。散々子どもから金を巻き上げてきた親はテレビ番組以外では使えない子どもに業を煮やし、互いに金のことで憎み合うことに倦むと、親のほうから殺人依頼をお願いしてきたというわけだった。 Uberの配達員の格好をして、腹を減らした男に丼を持っていった。金はないし、よほど腹を減らしていたのか。男は疑うことなく僕の特製牛丼を食べた。「最後の晩餐はあの子の大好きな牛丼で」という、親からのリクエストに応えた。 よせばいいのにYahoo!ニュースのリプ欄に目を通す。この世の悪意が詰め込まれていた。膝から力が抜けて中古のポルトローナ フラウに座り込んだ。 僕は、世の中を混乱させてるのかな。殺人は「世界平和」じゃないのか。やめろやめろ、考えすぎるな僕。「テキトーに」。呪文を呟く。
今回はOK。でも今後はしばらく休もうと思うんだけど
殺し屋は孤独な職業。自分が殺めた者の幻影が枕元に立つ。生活のあちこちに、彼らは恨めしそうな目で立っている。ゴルフ場で、恋人とのビーチで、酒池肉林の宴で、不意に現れては、地獄に引き摺り込もうとする。そのうちドラッグが手放せなくなって、最終的に自死を選択する。 殺し屋の最大の敵は良心だ。稼いだ分以上のカウンセリング代を払う。 ふう。自分を責めすぎるのも甘えた話だ。そろそろこの業界から足を洗うときかもしれない。いつか原宿に自分の店を持ちたい。そう思ってこの仕事を続けてきた。若いときは、「今から三十分後に三人」とか無茶な仕事を振られることもあった。居酒屋じゃないんだからさ。しかしそれも限界だ。 一週間後、また映画館に呼び出された。ゲイカップルが互いに美味そうなメシを作って食べるだけの映画だったが、マーベル系より前のめりになった。ぶり大根の上手な炊き方、林檎のキャラメル煮の作り方など、幾つもメモを取った。隣にドランが座ったことも気付かないほど。 「재미 있니?(面白いか)」 「そういう問題じゃない」 ドランはしばらくスクリーンを眺めていたが、僕ほど夢中にはなれなかったようで、椅子から立ち上がった。慌てて呼び止めた。 「OKじゃないのか」 「今回はOK。でも今後はしばらく休もうと思うんだけど」 ドランの目がちょっと怖い風に変わった気がした。 「理由を訊いてもいいか」 「高級食パン店が次々と潰れているから」 ドランは何も言わない。同意してくれたかと思いきや、ドランは顔を近づけて囁いた。 「次は、セントル ザ・ベーカリーでいいか?」