「私の実感に即して、楽しく尊重しあいながら仕事をする女性を書いてみたい」三浦しをんが新作『ゆびさきに魔法』で描いた“女性バディ”
直木賞受賞作『まほろ駅前多田便利軒』や、辞書編纂の現場を描いた『舟を編む』をはじめ、多彩なジャンルの作品で知られる三浦しをんさん。最新刊『ゆびさきに魔法』には、これまでの小説にはない工夫がちりばめられています。本作の制作秘話から三浦さんの人生観までたっぷりとお聞きしました。 【画像】「私は、私にしか書けない小説を精一杯書く」と話す三浦しをんさん ――『ゆびさきに魔法』は、ネイリストという職業に光を当てた「お仕事」小説です。三浦さんの小説で、女性バディが主人公であるのは新鮮でした。 三浦しをんさん(以下、三浦) はい。これまで私が職業を題材に描いてきた小説は、『神去なあなあ日常』にしても『舟を編む』にしても、男性が主人公でした。私にとって異性である男性は、一種のファンタジーとして想像が働かせやすいというか、「こうだったらいいな」という理想の人間関係が書きやすかったのですよね。 女性を主人公にすると、どうしても「本当はこうじゃないよな」とリアルに考えてしまうので、「明るく前向きに何かを成し遂げる」みたいな話がつくりにくかったのですが、今回は女性を主人公にしたお仕事小説を書いてみたいと思い、挑戦しました。 ――日頃からネイルサロンに通われている三浦さんですが、題材としてネイリストさんを観察されて、新たな気づきや発見などはありましたか? 三浦 普段から感じてはいましたが、ネイリストさんは勉強熱心な方がすごく多いです。ネイリストは国家資格ではないし、検定に合格して、自分で名乗れば誰でもなれるとも言えます。でも、技術力が高くセンスもある一流のネイリストさんは、経験の蓄積のみならず、専門知識をとことん究めている方が多い。お客さまの爪を健やかに美しく維持するために、実践と研究・学習の繰り返しをたゆまず行われていて、あらためてネイリストのみなさんを尊敬しました。 ――「酔っ払ったノリで米に花やピカチュウの絵を描いた」というネイリストのエピソードが印象的でした。 三浦 あれは、実際に複数のネイリストさんから伺ったエピソードを基に書きました。ネイリストさんは子どもの頃から絵がうまかったという方も多く、細かい手作業が得意で絵心のある方がやはり多いのだな、と思いました。 ――月島美佐と大沢星絵という2人のネイリストのキャラクターや関係性は、どのように構想されたのですか? 三浦 女同士というと、足の引っ張り合いや嫉妬など、ドロドロした関係を思い浮かべがちですが、実際に私のまわりにいる女性たちは、お互いを尊重したり、助け合ったりしながら仲良く仕事をしている方が大多数です。だから、せっかく書くなら、私の実感に即して、楽しく尊重しあいながら仕事をする女性を書いてみたいと、形づくっていきました。 ――地の文の名前を、下の名前ではなく名字にされたのはなぜですか? 三浦 単純に、「女性が主人公の作品だから、地の文は下の名前で」というのが、嫌なんですよ。日本では公式の場だと名字で呼ばれることが多いのに、なぜ私は小説の地の文で、女性を下の名前で書くんだろうと、ふと疑問に感じたときがありまして。 たとえば、夫婦で犯罪を行ったとされる容疑者の場合、夫を名字で、妻を下の名前で報じることもありますよね。あれも、なんか変だなと思うのです。最近では、両者をフルネームで報じる方向に変わってきている気がしますが。 本作では主人公2人がよく行く居酒屋「あと一杯」に集う人たちが登場するシーンが多いのですが、居酒屋の大将や常連客の名字は知っていたとしても、下の名前までは知らないことが多いですよね。そもそも「あと一杯」の大将は「松永」という名字しか設定を考えていなかったので(笑)、彼に関しては下の名前で書きようがなかったという理由もあります。