水のように流れる坂本龍一の音空間へ。『坂本龍一 | 音を視る 時を聴く』展レポート。
「async」シリーズは2017年に坂本がリリースしたアルバム『async』を「立体的に聴かせる」ことを意図して高谷史郎、アピチャッポン・ウィーラセタクン、Zakkubalanらと制作したインスタレーションだ。 タイの映画監督・アーティストのアピチャッポン・ウィーラセタクンは『async』から「disintegration」と「Life, Life」の2曲を選び、坂本にアレンジしてもらった。その音源に、自身が愛用する小型カメラを友人たちに渡して撮影してもらった映像を編集、組み合わせて《async-first light》が生まれた。 もう一つの《Durmiente》はスペイン語で「眠る人」を意味する。この映像ではティルダ・スウィントン演じる主人公が眠りに落ちていく様子が描かれる。昼と夜、覚醒と夢の境界線が溶けていくような映像だ。 長編映画デビュー作『HAPPYEND』が各地で受賞を果たして話題となっている空音央と、アルバート・トーレンのユニット〈Zakkubalan〉は映画制作を軸に活動している。彼らは坂本から制作の舞台裏を映像で表現するよう求められた。できあがった映像には坂本自身は登場せず、彼をとりまく風景や気配が映し出される。会場では24台のiPhoneとiPadが配されて、近づくと控えめな音が聞こえてくる。小さなディスプレイは坂本の内面に通じる窓のようだ。坂本が『async』制作のために多くの時間を過ごしたニューヨークのスタジオやリビング、庭などが映し出されて、彼の記憶を追体験するような気持ちになれる。
美術館の中庭では30分おきに霧によるインスタレーションが現れる。人工の霧のプロジェクトで知られる中谷芙二子と坂本、高谷史郎による《LIFE-WELL TOKYO》霧の彫刻#47662という作品だ。坂本と高谷は以前、《LIFE-WELLインスタレーション》という作品を発表している。これはアイルランドの詩人・劇作家W. B. イェイツの戯曲に登場する、不死の水が湧き出るといわれる『鷹の井戸』からインスピレーションを得たもの。今回、〈東京都現代美術館〉で展開される《LIFE-WELL TOKYO》では霧の動きがカメラでとらえられ、坂本による音に変換される。階上に設置された鏡が太陽の光を霧の中に導く。霧も音も光も、一瞬たりとも同じ場所にとどまることはない。はかない瞬間を積み重ねていくインスタレーションだ。