水のように流れる坂本龍一の音空間へ。『坂本龍一 | 音を視る 時を聴く』展レポート。
別の展示室の作品《IS YOUR TIME》で水盤の上に置かれているのは2011年の東日本大震災で被災したピアノだ。その上には四角いスクリーンが浮かび、雪が舞い降りる映像が流れる。被災したピアノを坂本は「自然によって調律されたピアノ」ととらえた。人間が作り出した機械が機能を失い、モノに還っていく、その道行きを思わせる。
2002年以来、さまざまな形で坂本とコラボレーションしてきた旧東ドイツ出身のカールステン・ニコライ。彼は映像やサウンドなどによる作品を制作しているほか、「アルヴァ・ノト」名義でミュージシャンとしても活動し、映画『ザ・レヴェナント 蘇えりし者』のサウンド・トラックでも坂本と共演している。今回、彼は2つの映像作品を出品した。この短編の映像はジュール・ヴェルヌの小説『海底二万里』から着想した長編映画『20000』の脚本をもとにしたものだ。 「『20000』は坂本とずいぶん前から話し合っていて、彼も楽しみにしていたんだけれど規模が大きすぎて実現しなかった。そこで今回の展覧会のために短編映画を作ろうと思ったんだ」(カールステン・ニコライ) 2つの映像作品のうち《PHOSPHENES》(眼内閃光)は目を閉じたときにまぶたの裏に映るものを表す言葉だ。 「真っ暗な闇の中に見える、ぼんやりとした光だ。説明できないけれど誰もが共感できるものだと思う。僕はこんな、覚醒している状態と夢を見ている状態との間にあるものに興味がある」(カールステン・ニコライ) もう一つの《ENDO EXO》はヨーロッパの博物館で撮影したもの。動物の剥製や骨格標本が並ぶ光景が映し出される。 「博物館の剥製は生きているように見えるけれど、もちろん生きてはいない。動物には生命があるけれど、博物館に展示されているものには生命がない。つまり、それはもはや動物ではなくて記憶や精神、連続性といったものを表しているのかもしれない。この展覧会には坂本が残していったものがたくさんある。僕の作品は生と死を扱ったものだけれど、展示全体には生の要素がより強く感じられると思う」(カールステン・ニコライ)