『源氏物語』人形遊びを楽しむ幼い紫の上に「奥方らしく」と諭した少納言の乳母。後見として多くの役目を背負った乳母のやさしさとは
◆姫君の生涯を託した賭け 母も祖母も亡くしていた紫の上が、実の父である兵部卿宮家(ひょうぶきょうのみやけ)に引き取られていたとしたら、継子(ままこ)として、北の方(かた)からの迫害を受けていたかもしれません。 かといって、源氏ほどの高貴な人物が、幼い紫の上を本当に大切にしてくれるかどうか、少納言の乳母にもはかりかねる難題でした。 父宮より早く迎えにきた源氏の車に、紫の上とともに乗り込んだのは、姫君の生涯を源氏に託した賭けだったといえます。 それより前、源氏の訪れの意味もわからなかった紫の上が、少納言の乳母にすり寄って「あっちへ行こうよ、もう眠いから」と言うのを、「こんなふうですから」と、男女の仲などわからないことを示しつつ、それでも紫の上を源氏の方へ押し出してみせたのも、少納言の乳母の判断でした。
◆やさしく賢明な乳母 時が経ち、政権の怒りを買った源氏は、無位無官となって須磨(すま)に下ることになります。 そのさい、荘園や牧場などの権利書の管理を、すべて紫の上に託しました。 さらに、実務的な事柄は少納言の乳母を見込んで指示を与え、しかるべき家司(けいし)たちを新たに付けたといいます。 源氏の厚い信頼までをも獲得した、やさしく賢明な乳母でした。 ※本稿は、『美しい原文で読む-源氏物語の恋のことば100』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
松井健児
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