『源氏物語』人形遊びを楽しむ幼い紫の上に「奥方らしく」と諭した少納言の乳母。後見として多くの役目を背負った乳母のやさしさとは
現在放送中のNHK大河ドラマ『光る君へ』。吉高由里子さん演じる主人公・紫式部が書き上げた『源氏物語』は、1000年以上にわたって人びとに愛されてきました。駒澤大学文学部の松井健児教授によると「『源氏物語』の登場人物の言葉に注目することで、紫式部がキャラクターの個性をいかに大切に、巧みに描き分けているかが実感できる」そうで――。そこで今回は、松井教授が源氏物語の原文から100の言葉を厳選した著書『美しい原文で読む-源氏物語の恋のことば100』より一部抜粋し、物語の魅力に迫ります。 【書影】厳選されたフレーズをたどるだけで、物語全体の流れがわかる!松井健児『美しい原文で読む-源氏物語の恋のことば100』 * * * * * * * ◆少納言の乳母の言葉 <巻名>紅葉賀 <原文>十(とお)にあまりぬる人は、雛(ひいな)遊びは忌(い)みはべるものを <現代語訳>10歳を過ぎた方は、もう人形遊びはつつしむものですのに 源氏が正月元旦におこなわれる宮中の儀式にでかけようと、紫(むらさき)の上(うえ)の部屋をのぞいてみると、姫君は人形遊びに熱中しているところでした。 紫の上は幼い侍女が、人形の家をこわしてしまったと不満そうなので、源氏は、それは大変なことですと応じます。子どもと大人の会話にしか見えません。 平安時代のドールハウスは、源氏絵などにも描かれていますが、とても大きく豪華なものだったようです。 紫の上は、これが源氏の君と、名をつけた人形を着飾らせて、宮中に送り出す遊びをしていたところでした。
◆後見の役目 付き添っている少納言の乳母(めのと)は、「せめて今年からでも、大人らしくなさってください。10歳を過ぎた方は、もう人形遊びはつつしむものですのに」とたしなめ、それに続いて「姫さまは、もうご主人をお持ちになったのだから、奥方らしくなさってください」と諭します。 それを聞いた紫の上は、ようやく「そうか、わたしには夫ができたのか」と納得したと語られます。 あまりにも幼い紫の上ですが、少納言の乳母は、その後見(こうけん)として、紫の上に降りかかる、いっさいの事柄を適切に処理する役目を負っています。 責任の重い、大変な立場だといえますが、それは姫君が生まれたときからお世話をしている乳母にしか与えられない特権であり、誇りでもありました。
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