ロシアに残ると徴兵の恐れ、移住先からは「出て行け」の声。母国を去ったスケーターたちの苦悩
ロシアかEUか。狭間で揺れるセルビア
彼らのようなロシア国籍保持者が特別なビザを取得せずに一時滞在できる国は少ない。ロシア人の多くがジョージア、カザフスタン、トルコなどへと脱出したという報道を目にしたことがあったが、セルビアもそのうちの一つなのだろう。 彼らがここセルビアを選ぶのには理由がある。先にも述べたビザの件に加え、現在セルビアはEU加盟を目指しながらもロシアとは歴史的に事実上、同盟関係にあるため、ロシアへの経済制裁には異を唱えている。 ロシア人スケーターの一人によると、ロシアからの移民は銀行間の送金に困ることなく、セルビアで生活を送ることができるのだという。実際、私が出会ったスケーターたちのほとんどがIT関係の仕事に従事するいわゆる高度人材である。彼らはセルビアで生活しながら、リモートワークでロシアの企業に勤めることが可能なのだ。 かつてユーゴスラビアだったセルビアは、これまで多くの紛争を経験してきた。なかでもコソボ紛争は、自治州独立を巡って米国主導によるNATOの空爆という悲劇を引き起こした。 その空爆跡地がいまも街中に残されている。私はそのうちの一つ、空爆を受けた跡が残る国営テレビ局を訪れた。出入りしていたスタッフに声をかけられたので話を聞かせてもらった。 ロシアからの移民について聞くと、「私たちセルビア人はそもそも同じスラブ民族であり、同じ正教会の信仰という点でもつながりがあるんだ」と言う。ユーゴスラビア時代にソビエトとともに連邦国家による共産圏を担っていた側面もあるらしい。 「私も含めて多くの人はウクライナを支持しているが、じつはロシアを支持するセルビア人も一定数いるんだ」と言った。 「ウクライナの戦争はコソボ紛争に構図が似ているからね。セルビア国民にはNATO(北大西洋条約機構)に対する敵対意識が少なからずある。だからロシアの現体制を支持したくなるんだろう」 ため息をつきながら彼は続けた。「セルビアでもプーチン大統領を支持している人がいるんだ」 やや複雑な構図だが、セルビアで新たな生活を始めたロシア人たちが、プーチンを支持する「同志」と共存しなければならないのは皮肉である。