「シャドー・トレーディング」は違法なインサイダー取引か?
SECの主張
SECは、この不正流用理論に立脚しながら、P氏の行為は、M社CEOから得たM社に関する重要な未公表情報を情報源であるM社CEOに対する信頼義務に違反して、M社の競合他社であるI社関連の証券の売買のために不正に流用した行為であり、規則10b-5によって禁じられる違法なインサイダー取引であると主張した。 こうしたSECの主張は、不正流用理論という判例理論に依拠するものとはいえ、これまでのインサイダー取引規制の射程を大幅に拡大するものである。従来の判例理論では、インサイダー取引に利用される重要な未公表情報は、あくまで取引対象とされた株式等の発行会社に関する情報であることが、いわば当然の前提とされていた。これに対して本件訴訟では、M社に関する重要な未公表情報を入手したP氏が、当該情報が公表されればM社と同様に大手製薬会社による買収のターゲットとなることも想定されるため株価の上昇が期待されるI社の株式に係る個別株オプションを取引したことがインサイダー取引にあたるとされた点が、大きく異なっている。 SECは、P氏がM社への入社時に同意したM社のインサイダー取引指針では、職務上入手したM社に関する機密情報をM社の利益以外のためには用いないことを求めており、M社の発行する証券やM社以外の「重要な協力会社、顧客、パートナー、供給者、または競合他社」である上場会社の発行する証券等の売買によって利益を得ることは違法であると述べていることを指摘する。つまり、P氏はM社に関する機密情報を競合他社であるI社の個別株オプションの取引に利用することがM社によって禁じられていることを認識していたというのである。こうした指摘は、P氏が重要な未公表情報を不正に流用したというSECの主張を裏付けるものとなり得るだろう。 またSECは、「M社がファイザーによって買収される」という情報は、M社株式の投資判断に著しい影響を及ぼすという意味で「重要な(material)」な情報であるばかりでなく、M社と同様に腫瘍病分野で既に連邦食品医薬品局(FDA)の認可を得た新薬製造実績があり、時価総額規模もM社と同様に中規模であるI社株式の投資判断にも著しい影響を及ぼす重要な情報であったと主張する。 そして、M社の戦略アドバイザーとなっていた投資銀行によるプレゼンテーションの中でM社と競合他社の比較分析が行われ、とりわけI社がM社と共通点が多いとの指摘がなされ、当該プレゼンテーションの内容をP氏が知っていたこと、P氏は大手製薬会社が腫瘍病治療薬で実績のある中堅製薬会社の買収を経営戦略上の選択肢として検討しており、そのターゲットとなり得る会社はM社、I社など数社に限られており、両社のいずれかが買収されれば、残りの1社が次の買収ターゲットとなる可能性が高まって株価上昇が期待されることなどを認識していたことなどを指摘したのである。