「シャドー・トレーディング」は違法なインサイダー取引か?
本件訴訟の意義と今後の課題
本件訴訟は本稿執筆時点では終局していないが、陪審員団の評決は拘束力を有するため、P氏のインサイダー取引責任を認める判決が出されることは確実である。もちろんP氏側が判決に対して上訴する可能性もあり、今回の評決で直ちにシャドー・トレーディングへのインサイダー取引規制の適用が判例法の一部となったとまでは言えないが、画期的な判断が下されたことは間違いない。 陪審員団の評決を受けてSECの法規執行局長が発表した声明は、「本件には何も新奇な点はなく、陪審員はこれが純粋に単純なインサイダー取引であるということに同意した」と述べるが(注2)、それはあくまで平静を装ったポーズとも言うべきものであり、進行中の訴訟に関してそのような声明を公表したこと自体、SECが今回の評決の意義を高く評価していることを示すものといえよう。 仮にシャドー・トレーディングをインサイダー取引として規制する方向性が定着するとすれば、大きな課題となるのは、特定の上場会社に関する重要な未公表情報を利用した違法な取引といえる取引の範囲をどこまでとするか、換言すれば特定の上場会社と経済的にリンクする発行会社や証券の範囲をどうやって限定するかであろう。 本件訴訟とは異なる文脈ではあるが、特定の上場会社の株式が組み入れられ、相当程度の割合を占めている業種別株価指数に連動するETFといったケースについては、シャドー・トレーディングへのインサイダー取引規制の適用が、比較的理解を得やすいのではないかと思われる。特定の企業グループに属する上場会社群に特化した投資を行う投資信託といったケースも、同じであろう。本件訴訟についても、「大手の合併により業界再編期待が盛り上がり関連銘柄が上がる、という現象」であって市場で「ときどき見られ」るものだと、一定の理解を示す見解もある(注3)。 とはいえ、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な連想から行われる取引にまで、経済的なリンクがあるとしてインサイダー取引規制の適用を及ぼすのであれば、規制の対象が際限なく広がりかねない。親子会社や持分法適用会社など資本関係から範囲を限定できる場合ならまだしも、「同業他社」とか「重要な取引先」といったことから経済的なリンクがあるとすることには問題がないのだろうか。 他方、特定の上場会社の重要な未公表情報に接する機会は、上場会社の経営者や幹部社員以外の一般投資家にとっては頻繁に生じるわけではない。職務上の立場からそうした情報に接しやすい者に対しては、当該情報が公表されるまで一切の株式等の取引を禁じるのに等しいような厳しい規制が課されたとしても、それほど大きな弊害は生じないのではないかという見方も成り立ち得るかも知れない。