【解説】 2025年の英政界が始動 大きな影を落とすのはマスク氏
クリス・メイソンBBC政治編集長 イギリス政界の新年は、その預金残高よりも大きいビッグマウスを持つ、億万長者の一撃で始まった。 イーロン・マスク氏はこの数日間というもの、(史上最年少の17歳でダーツ世界チャンピオンになった)ルーク・リトラー氏が実際に投げたのと同じくらい大量のダーツを、デジタルな形で、大西洋の向こうから投げ込んできた。 世界一の金持ちは、サー・キア・スターマーが首相になってダウニング街の住人になった直後から、特に強い調子で首相について言いたい放題を続けている。 最近のマスク氏は、イギリスでの児童性的虐待に特にこだわっている。首相が公訴局長としてイングランドとウェールズの検察トップだった当時、このスキャンダルに対処しなかった、「イギリスのレイプに加担した」などと、マスク氏は主張しているのだ。 スターマー首相は「食べ物の投げ合い合戦みたいなマスク氏との丁々発止には巻き込まれたくない」という考えのようだ。しかし、検察トップとしての自分の経歴については、今後その正当性をしっかり主張していく方針だという。 消息筋によると、首相はさらに、政治的な議論は検証可能な事実に基づくことがいかに重要かを強調したい意向で、マスク氏のさまざまな言い分は「あからさまな虚偽」だと指摘するつもりだという。複数の消息筋によると、公訴局長としてのスターマー首相の経歴に関するマスク氏の主張が、そうした「あからさまな虚偽」に含まれる。 政府関係者はさらに、主にパキスタン系の男性による集団的な児童性加害・レイプ事件の起きた地域では、地元自治体が独自に事実関係を調査したと指摘。またアレクシス・ジェイ氏(現・ストラスクライド大学客員教授)が独立調査委員会の委員長として、全国的な実態調査を実施したことも指摘している。 イギリス野党の保守党とリフォームUK、そしてイーロン・マスク氏はそれぞれ、このスキャンダルについてスターマー政権が政府主導の公的調査を実施しないと表明したことに、さまざまな強度で激怒している。 しかしこの流れがまさか今週末のような展開を見せるとは、ほとんど誰も予想していなかった。リフォームUKを率いるナイジェル・ファラージ党首が、マスク氏は「英雄」で、そのマスク氏に応援されることでリフォームUKも「クールに見える」と発言した数時間後に、マスク氏は所有するソーシャルメディア「X」で、ファラージ氏には党を率いる資質がないと書いたのだ。 「完璧な日ではなかったな」。リフォームUKの関係者は、やや控えめな表現で、ほほ笑みながらそう言った。「私たちはいささか、ばかみたいに見えるかもしれない」。 二人のいさかいの火種は、極右活動家「トミー・ロビンソン」ことスティーブン・ヤクスリー=レノン受刑者のようだ。ファラージ氏は、同受刑者から距離を置くと繰り返し発言している。 リフォームUKは今回の展開を予想していなかった。ほんの数週間前には、マスク氏から巨額の寄付を得られるかもしれないと話していたが、今ではなんとか事態をうまく収めようとしている。 「ナイジェルは売り物ではない」。同党幹部は私にそう話した。つまり今回の件は、ファラージ党首が誰に対してでも、面と向かって言うべきことを言う気概の持ち主だと示したのだと。たとえその相手が世界一の金持ちだったとしても。 リフォームUKの別の関係者は、自分たちの党がまじめな政治組織として周りから扱われたいのなら(ファラージ氏は次の総選挙に勝ちたいと言っているのだ)、どのような結果になろうともロビンソンことヤクスリー=レノン受刑者との関係をきっぱりと終始一貫して否定し続ける必要があると話した。 今のところ、マスク氏から多少なりとも称賛されているイギリスの政治家は、児童性的虐待に関する公的調査を求める保守党のケミ・ベイドノック党首のみだ。 ベイドノック氏はこのスキャンダルを、この国の壊れた政治の事例研究だと位置づけている。 同氏にとって2025年は、党の再建と注目を集めるための闘いにおいて重要な年となる。だが、ファラージ氏が近くにいる限り、簡単なことではない。 昨年のクリスマスには、党員数をめぐってファラージ氏と公然と対立し、そのことを味わった。ベイドノック氏は、ボクシングデー(クリスマスの翌日)にリフォームUKが党員数で保守党を抜いたと主張したことについて、党員数が自動的に増えており「フェイク」だと示唆したのだった。 これを受けてリフォームUKは記者団を招き入れ、集計の要素を確認するよう促した。英紙フィナンシャル・タイムズなど複数の報道機関が、同党の集計は正確だと示す「強力な証拠」があると結論した。 ベイドノック氏が保守党内に設置するいわゆる政策委員会について、そして誰がそれを率いるかについて、今後数週間のうちに明らかになるだろう。 保守党関係者でいうと、ベイドノック氏が党首選で争ったロバート・ジェンリック下院議員にも注目しておくといいはずだ。彼は決して静かに身を引いたわけではないので。 ジェンリック氏は現在、保守党の影の法相だ。しかし、まるで党首選がまだ続いているかのように何かと表に出て発言するその姿勢に、一部の保守党幹部はいらだっている。発言は自分の担当分野の政策についてにとどめるべきで、何でもかんでも好き勝手にしゃべりまくって無軌道にふるまうべきではないというのが、幹部たちの意見だ。 そして首相はと言えば、就任から何かと困難の多かった6カ月が過ぎ、国の内外で何かと騒がしい状況に置かれる中、政府として成果を国民に届けることを大いに期待している。 首相は通常ならば新年に大々的な年頭の施政方針演説をするものだが、先月すでに大々的な演説はしたのだからという側近たちの考えもあり、今年は新年の包括的な演説は見送った。 その代わりに首相は、具体的な公約に注力している。つまり、イングランドの病院で診察の順番待ちリストを短縮するという約束だ。 今後はさらに、個別の公約について同様に国内各地でイベントを開いたり演説したりする予定だ。 かくして、2025年のイギリス政治が始動した。 まだ1週間もたっていないが、すでにいろいろなことがあった。 (英語記事 Musk looms large over UK politics as MPs return for 2025)
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