哲学の教養「三大幸福論」アラン、ラッセル、ヒルティ おすすめは?
複雑で不確実な時代を切り開くためのツールとして、近年注目されている「哲学」。ずっと読み継がれてきた哲学の名著としてよく挙げられるのが「幸福論」です。さまざまな哲学者が論じてきたこのテーマで有名なのが、アラン、ラッセル、ヒルティによる「三大幸福論」。今回は、 『哲学を知ったら生きやすくなった』(日経BP)の著者で人気哲学者の小川仁志さんに、この「三大幸福論」の違いについて解説してもらいました。 【関連画像】『アラン 幸福論』 神谷幹夫訳、岩波文庫/画像クリックでAmazonページへ 「幸福」は哲学のテーマの一つで、昔から多くの哲学者が論じてきました。なかでも「三大幸福論」として有名なのが、イギリスの哲学者バートランド・ラッセル、フランスの哲学者アラン、スイスの哲学者カール・ヒルティの「幸福論」です。 実はこれを「三大幸福論」と呼ぶのは日本くらいで、日本の出版社が数ある幸福論から選び名付けたらしいのですが、どれも名著ですっかり浸透していますよね。 では、この3つの違いは何か? 簡単にいえば、「幸福を手に入れる方法」でしょうか。大きく分けて、積極的に行動する「能動的」な方法と、行動よりも意識の転換によって幸せになる「受動的」な方法があるといえます。 最も能動的といえるのが、ラッセルです。彼は外に目を向けること、行動することの大切さを説きました。自分で考えて行動に移すことはハードルが高いですが、仕事でも役立つ論理的な内容でビジネスパーソンからも強く支持されています。 そして、能動的・受動的の両方の要素を持つのが、前向きな楽観主義を貫いたアラン。「人間は自らの意志で幸せになれる」という考えを、親しみやすい言葉と実践的なヒントを用いて論じています。 一方で、「自らの信仰や信念を持って生きることが幸福につながる」と言ったのがヒルティ。こちらは他のものに委ねるという、受動的で穏やかな幸福の手に入れ方といえます。 求める幸福のかたちも、幸福を手に入れる方法も人それぞれ。3人の哲学者の言葉を参考に、ぜひ自分が寄り添える「幸福論」を探してみてください。 ●幸せになれるかどうかは自分次第 『アラン 幸福論』 アラン著、神谷幹夫訳、岩波文庫 三大幸福論のなかでも、特に人気が高いのがアランの幸福論。「不撓(ふとう)不屈のオプティミズム」を自称するほどの究極のポジティブシンキングで、どんなマイナスなことでも「だからいいじゃない」と前向きに捉えます。 ですが、単なる楽観主義ではなく、現実の厳しさを認識したうえで、それでも乗り越えるために立ち向かう楽観主義で貫かれているのがポイントです。 これは、フランスの新聞に連載されたプロポと呼ばれる断章形式でつづられたエッセー。幸福になるための具体的な93のヒントがつづられているのですが、新聞エッセーなので非常に読みやすいのが特徴で、これも人気の理由の一つだと思います。 アランの幸福論のベースにあるのは、「人間は自分の意志によって幸福になれる」という考え方です。「不幸になるのは、また不満を抱くことはやさしいことだ、ただじっと座っていればいいのだ、人が楽しませてくれるのを待っている王子のように」。つまり、何もしないから不平不満も多くなり、機嫌も悪くなるのだと。 さらに、幸福への意志を持つだけでなく、自ら行動することも大事だといいます。例えば「雨の日こそ外に出よ」とアランは言う。幸せになれるかどうかは自分次第。幸せになりたいと願って行動を起こせば、何かに出合う確率も高くなり、幸せをつかみにいけるというのです。 ●幸せになるために「外に目を向ける」 『ラッセル 幸福論』 ラッセル著、安藤 貞雄訳、岩波文庫 核廃絶を訴えた「ラッセル=アインシュタイン宣言」などの平和活動や、数理哲学(数の哲学)の先駆者としても知られる“知の巨人”ラッセル。そうした経歴もあり、彼は非常に論理的に幸せを手に入れる方法を示しています。 ラッセルはこの本でまず、人間が不幸になる理由を分析しています。頑張っていても満たされないのは、自分の内ばかりに目を向けて主観的になっているから。そして幸福になる方法は、外に目を向けて“客観的に生きる”ことだと唱えた。この「外に目を向ける」ということが、ラッセルの重要なメッセージなのです。 では、具体的にどうすれば客観的に生きられるのか? 実はその方法は簡単で、ラッセルは「趣味」を持つことだと言います。運動でも推し活でも、なんでもいい。外部に興味を持って熱中することで、主観的なとらわれから逃れ、心のバランスを保つのを助けてくれるのです。 その他、ラッセルは、仕事を面白くするための方法も論じています。私たちが仕事をつまらないと感じるのは、単なるルーティンの繰り返しだと捉えているから。けれど人間は毎日何かを積み上げて物を作っていく存在であり、日々スキルアップしていくことができる。そうやって視点を変えるだけで、仕事が楽しくなる。こうした実践的なエッセンスが多いことも、ビジネスパーソンに愛読者が多い理由だと思います。 ちなみに本の原題は、「幸福の獲得」。幸福は偶然やってくるものではなく、自分で取りにいくものだということ。実際にラッセル自身は幅広い分野で旺盛な活動をしており、言行一致で説得力がありますよね。私もラッセルの影響を受けていて、彼のように常に「行動する哲学者」でありたいと考えています。 ●不幸を幸福と捉え、信じて幸せになる 『幸福論』(全3巻) ヒルティ著、 草間平作・大和邦太郎訳、岩波文庫 最後は、第一回の記事「『人生に必要なことが書いてある』人気哲学者が今も読み返す名著 」で紹介した『眠られぬ夜のために』でも知られるヒルティ。自身が敬虔(けいけん)なキリスト教徒ということもあり、彼の幸福論の根幹には「信じることで幸せになれる」という考えがあります。 人生には理不尽なことやどうにもならないこと、不幸もたくさんある。そんなときにはあえて運命に身を委ねることで、心の安寧を保つという方法もあるのです。 この本でヒルティは、「あらゆる人生には段階があり、価値ある人生というのは決して平たんなものではない」と述べ、不幸を受け入れることで、普通なら経験できないような幸福を味わうことができると唱えます。 苦しさや不幸を感じるときこそ、「これこそが価値ある人生であり、今の苦しさが幸福につながっている」と捉えてみる。ヒルティの哲学はいわば、「不幸を幸福として捉えるための幸福論」。そうやって幸福を信じ、誠実に生きることが幸せへの道だというのです。 その他、彼は、「仕事は、人間の幸福の一つの大きな要素である」と言い、努力し働き続けることが幸せだとも言っています。このようにキリスト教の文脈を除いても、この本には個々が幸せになるためのノウハウがたくさん書かれています。私たちを勇気づけ、穏やかに幸福へ導いてくれる一冊です。 取材・文/渡辺満樹子 編集協力/山崎綾 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部)