シンプルニットと思いきや…?マリーン・セルの三日月セーター【栗山愛以、モードの告白】
身にまとうものには、その人の思いや考え、ときに主義や信条や、生きる時代の空気までも映し出されるもの。自他ともに認める稀代のモード愛好者、ファッションライター・栗山愛以が、自らの装いや物欲の奥にあるものを、ゆるゆると紐解き覗き込む 【画像】栗山愛以、モードの告白
先日クルーネックのセーターを買いました。インパクトのあるデザインのボトムに合わせる、シンプルなタイプが欲しかったのです。ただこちら、後ろにふわふわのウールの大きな三日月があしらわれています。 ブランドはマリーン・セルです。デザイナーのマリーンは2017年に25歳で若手デザイナー向けのコンテスト「LVMHプライズ」でグランプリを獲得、翌年パリ・ファッション・ウィークに初参加しました。私はそのデビューショーを現地で見て以来のファンなのです。 なぜ支持しているのか。ブランド設立時から用いられ続け、セーターにも描かれている三日月モチーフもその理由の1つです。以前彼女に取材した時になぜ三日月なのかと聞いたら「月は女性の身体と密接な関係があるなど多くの意味を持っているし、美しい形だと思う。それに、『美少女戦士セーラームーン』が好きだから」とのこと。私はあいにく月を見て何か感じたりする繊細さは持ち合わせておらず、セーラームーンも世代ではないので月に思い入れは全然ないのですが、何をフューチャーするにしろ、トレードマークを設けたのは賢い選択だと思ったのでした。伝統的なブランドならロゴに威力がありますが、無名のデザイナーはそうはいかないからです。やがて簡潔でいて神秘的でもあるマークはブランドの代名詞に。この柄のTシャツを着てショーを観に行ったらスナップされ、「三日月族」として紹介されたのも良い思い出です。
また、自然体でサステナビリティに取り組んでいることも評価したい点です。ミレニアル世代の彼女は、環境問題を当たり前に意識しているのでしょう。「価値を高めたものに作り変える」という意の「アップサイクル」という言葉も、マリーン・セルから学んだような気がします。 サステナビリティは、本当に追求するなら世の中に十分溢れている服をこれ以上作らなければいいわけで、半年に一度必ず新作が発表されるファッション業界にとっては難しい課題です。新しいもの好きの私にできることは時代を超えた強さがあって長く愛用できる服を選び、大切に着続けることくらい。 ですからファッションブランドが本来やりたかったことを諦め、無理をして「サステナブルなアイテム」と大々的に打ち出してもあまり意味がないように思われてしまうのですが、マリーン・セルではヴィンテージやデッドストック、サステナブルな素材が着想源ともなっていて、ものづくりに必然的に組み込まれています。魅力的なアイテムがたまたまサステナブルだったらそれにこしたことはありません。 さらに「多様性の尊重」についても、昨今のモデルのキャスティングではそれを考慮した見え方になるように人種別に採用人数が決まっていると聞きますが、マリーン・セルはそんな義務感抜きに人種、体型、年齢を問わないモデルたちを起用しているように感じられ、それぞれがかっこいい。歳を重ねた日本人の私でも堂々と着ていいんだ、と思わせてくれます。