きついノルマ、経費は自己負担――大量採用・大量脱落「生保レディ」の労働実態 #昭和98年
「ノルマ達成のために不正行為を示唆された」「営業成績を上げろという上司のパワハラがひどい」――。全国で23万人強を数える生命保険会社の営業職員から、こんな声が続出している。営業職員の約9割は「生保レディ」と呼ばれる女性たちだ。正社員として採用されるが、実態は個人事業主で、経費などは自己負担。きついノルマがあり、目標未達の場合は給与が下がったり、解雇されたりする。背景には「大量採用・大量脱落」が半世紀以上も放置され、労働環境の改善が進まなかった事情がある。問題の解決に向けてストライキなどを起こそうとしても、入れ替わりが激しい職場のため働き手の団結も難しい。そんな現場を取材した。(取材・文:鳥海ケイタ/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
「ノルマはありません」と優しく勧誘
2022年8月、うだるように暑い日だった。首都圏に住む40代の飯田美保さん(仮名)は、再就職に向けた職業訓練の説明を聞くため、地元のハローワークに足を運んだ。スーツ姿の女性2人に「お仕事をお探しですか?」と呼び止められたのは、説明を聞き終え、建物を出た時である。 「すごく優しい口調で話しかけられました。私を木陰に誘い、『誰でもできる仕事です』『正社員としての募集』『営業の仕事ですが、ノルマなどはありません』と。熱心な勧誘でした」 2人は、中堅生命保険会社の営業職員。名刺にはテレビのCMでよく見る社名があった。すっかり彼女たちを信用した飯田さんは後日、営業所で面接などを受けて、営業職員として働くことになった。
「金融業界に興味があって、FP(ファイナンシャルプランナー)の資格取得も考えていたので、『仕事中の空いた時間に資格の勉強もできます』との説明が決め手になりましたね。でも、入社後の説明とは全然違っていて……本当に驚きました」 正社員と聞いていたのに、実際は営業経費などを自己負担する“個人事業主”だったのである。 正社員という法律上の定義はないが、一般的に正社員と言えば、収入は給与所得であり、社会保障も完備している雇用形態をイメージするだろう。飯田さんもそう思っていた。しかし、研修で聞かされたのは、給与は事業所得であり、税法上は個人事業主のために確定申告が義務づけられているという内容だった。先輩の営業職員には「正社員と言われるけど、正規の社員ではない。社会保障が付いた個人事業主と考えればいい」と説明されたという。 ないはずのノルマもあった。家庭を訪問する「飛び込み営業」のノルマは1日150件以上。朝礼では各職員の活動状況と営業成績を記載した一覧表が配られ、全員の前で成果を問われた。ノルマには契約件数と保障金額、そして期限が示されており、その達成度が昇給や昇格の条件になっていた。