きついノルマ、経費は自己負担――大量採用・大量脱落「生保レディ」の労働実態 #昭和98年
「あらゆることが嘘じゃん」
飯田さんをさらに驚かせたことがある。 入社直後、約20人の営業職員全員が集まる朝礼での出来事だ。新人の採用に成功した職員を対象とする“抽選会”が行われた。ハローワーク前で飯田さんを勧誘した女性職員のもとに箱が運ばれていく。箱の上部には丸い穴。女性職員が手を突っ込み、数秒間、中をかき混ぜる。やがて、名刺サイズの紙を引き出した。 飯田さんが振り返る。 「紙を見るやいなや、彼女は『旅行券3万円!』と言ってガッツポーズ。周囲からは拍手が起こりました」 飯田さんは彼女のもとに歩み出て、「私を採用したからもらえたのですよね」と言ってはみたものの、それが精いっぱい。別の同僚からは「どの生保もそうやって営業職員に採用活動をさせている。鼻先に人参をぶら下げてね」と言われ、大きく落ち込んだという。 営業活動も忙しすぎた。ノルマをこなそうとしたら、業務時間内にFP資格の勉強など全くできない。 経費の問題もあった。生保の営業職員は、顧客に配るグッズやお菓子、カレンダー、名刺、さらには駐車場代や切手代まで、経費のほとんどを自分で負担する。こうした自己負担は労働基準法に違反しているとして、住友生命保険の営業職員が会社側を提訴したことがある。2023年1月に出た一審・京都地裁の判決は「合意のない控除は労働基準法違反」と認定。小冊子や年賀状、切手、コピー用紙、会社のロゴ入りお菓子などの代金約34万円を原告に返還するよう命じた。 それでも、飯田さんはさまざまな出来事を前に「あらゆることが、嘘じゃん。見事に騙された」と思った。入社から2カ月で退社。現在は「あの時、すぐに辞める決断をして本当によかった」と言う。
3年目以降は固定給が激減 給与は月額10万円以下に
飯田さんとは別の中堅生保で働く40 代の本橋あかりさん(仮名)は「この8月の給与は手取りで10万円を切りました」と語り始めた。入社3年目で、同期と比べても営業成績は悪くない。それなのに、1年目よりも給与は減ったという。 営業職員の給与は固定給をベースにし、営業成績に応じて歩合給が加算されるが、入社3年目になると、固定給が減る仕組みになっている。固定給の減額分を歩合給で穴埋めできないと、毎月の給与総額は減っていく。 本橋さんの場合、1年目の固定給は15万円だった。現在は5万円しかない。それを前提とすると、例えば、歩合給が同じ10万円だった場合、1年目の給与は「15万円+10万円」で25万円。これに対し、3年目は「5万円+10万円」で15万円にとどまる。営業成績が同じ水準だと給与は下がってしまうのだ。 実際には歩合給がゼロだったとしても、固定給に最低賃金保障が加算され、額面で月額十数万円は確保される。ところが、その額面から健康保険や厚生年金、雇用保険などの社会保険料、必要経費などが控除されるため、手取りは月額10万円以下になることもある。歩合給ゼロが続けば、今度は雇用契約終了、つまり解雇という別の問題も出てくる。