脳卒中の治療までの時間が60分短縮 地方医師が頼りにする救命アプリと医療DX
開発者の狙いと保険適用
Joinは2016年、単体の医療機器プログラム(ソフトウェア)として日本で初めて公的医療保険の適用対象となった。 その2年前に医薬品医療機器等法(薬機法)が施行され、医療機器やソフトウェアも保険診療に用いられるようになったが、Joinを発案した前出の髙尾さんは、同法の成立を見越して開発を進めたという。 「脳神経外科医として、発症から治療までの時間をいかに短くできるか、日々考えていました。例えば脳梗塞なら、数分でも縮まれば多くの命を救えるし、寝たきりになってしまう患者さんの数も減らせる。そのためには有用なツールが必要だと考えていたんです」 脳の動脈が閉塞し、血液が行かなくなって脳が壊死してしまう脳梗塞は、一刻も早く血流を再開させる薬を投与する必要がある。脳出血も同様で1秒でも早く、手術などで脳を減圧することが求められる。 慈恵医大がJoin導入後の脳卒中発症から診断までの時間を調べたところ、導入以前と比べて平均で40分短縮できたという。発症後の早い段階で、救急と医師で画像などを共有できたことが大きい。さらに後遺症の軽減により、入院日数が15%削減されたという。これらの結果は髙尾さんらが論文にまとめ、2021年に学会誌に掲載された。
地方の医師不足や医療DXを支える
医療現場でこうしたデジタルのコミュニケーションツールが必要とされる背景はおもに二つある。 一つは、近い将来を見据えた「医療DX(デジタルトランスフォーメーション)」だ。医療DXとは、医療機関が最新のデジタル技術とデータを活用することで、診療・治療といった業務やそのプロセスなどを変革し、従来の患者や医療従事者の課題を解決していくこと。今年6月の政府の「骨太の方針」でも示されたが、電子カルテの標準化なども視野に入れた医療の流れがある。 もう一つは、医師の偏在および地方の医師不足からくる必要性だ。 2019年の厚生労働省の調査では、岩手や新潟、青森など16県で、人口10万人あたりの適正な医師数を確保できていない「医師少数県」になっている実態が明らかになった。同年に発表された「医師偏在指標」では、もっとも高かった東京都ともっとも低かった岩手県では約2倍の開きがあった。医師少数県は面積も広いところが多いが、都心よりぜい弱な医療体制で医療サービスの質をどう維持していくかが大きな課題となっている。