脳卒中の治療までの時間が60分短縮 地方医師が頼りにする救命アプリと医療DX
迅速な段取りのおかげで女性に大きな後遺症はなく、その後は自力で杖をついて歩いたり、食事を取ったりするまでに回復したという。 今回のようなアプリを使った救命効果の大きさを、藤田さんはこう見ている。 「県立医大病院には手術室が20近くありますが、あの時は平日の朝で、どの科の手術室も満杯でした。手術顕微鏡も全て使用中で、手術室も器具も他科から融通してもらう必要がありました。でも、そうした準備を彼女が到着する前に行えた。彼女が助かったのは、その60分を短縮できたことが大きい。こうしたツールで命を救えることを実感した事例です」
500の医療機関で導入
Joinとは、医療関係者が利用するコミュニケーションアプリ/システムだ。2014年に東京慈恵会医科大学准教授の髙尾洋之さんの発案で開発され、現在はベンチャー企業のアルム(東京)が運営している。同社の坂野哲平社長によると、Joinの前身のソフトを開発していた髙尾准教授に技術的なアドバイスをしたところ、本格的な開発を依頼されたという。 Joinを活用すれば、医療関係者が院内でも院外でもスマートフォンやパソコン上で、テキストや音声、ビデオ通話でコミュニケーションできる。CT・MRI(核磁気共鳴画像法)のような医療画像や動画の共有も可能だ。データの暗号化や閲覧できる人を細かく設定できるため、情報漏洩のリスクも少ない。 Joinは現在、国内の中核病院をはじめ500近くの医療機関で導入されている。利用するのは医師や看護師をはじめとする医療従事者、消防の救急救命士だ。 和歌山県では2018年から和歌山県地域医療支援センターが県内13病院に呼びかけ、互いに連携する「遠隔医療支援システム」を構築したが、その際に脳神経救急医療に Joinを導入した。脳梗塞や脳出血などを起こした患者への対応のため病院間の連携に使ってみると、救命につながるメリットがあったという。
アプリが働き方改革にも
その後も 利用していくなかで、Joinは医師の働き方を効率化したり、医療コスト削減に繋がったりしていることがわかった。 藤田さんが現在在職している和歌山県紀の川市の公立那賀病院では、院内の医師間でJoinを活用している。同院において2020年1月から2022年9月までの休日または平日夜間に、脳外科の待機医にJoinを通じて別の科の当直医師から230例の脳神経救急症例の相談があり、実際に脳外科医が病院に出向いて対応を要したのは73例だった。それ以外の157例は、遠隔による助言を当直医師にするだけで初期治療が可能で、脳外科医は病院に出向くことなく自宅待機で済んだという。脳外科医が出動せずに済んだコストを単純計算すると、「那賀病院全体で少なくとも約80万円のコスト削減につながっている」と藤田さんは指摘する。 「私たち脳外科医が病院に出向いて手術などせずにそのまま帰る、いわゆる『空振り』が劇的に減りました。また、当直医師も脳外科医から適切な助言をもらうことで、脳神経救急に対する苦手意識やストレス、疲弊も著しく軽減しています。こうしたツールが広がれば、2024年に始まる医師の働き方改革にも十分に寄与すると思います」