アナログ音楽に包まれた京都の路地裏の名コーヒー店「二条小屋」
【&M連載】口福のコーヒー
最旬のコーヒービーンズ情報やトレンドのスペシャルティコーヒー事情、巷(ちまた)で話題のカフェや地域に根づく老舗カフェ、自宅でおいしく淹(い)れる方法など、コーヒーにまつわるさまざまな情報を熊野由佳さんがお届けします。 【画像】もっと写真を見る(9枚)
心地よいジャズの音色とコーヒーの香り 癒やしの空間
今年最後は古都京都から。昔から名店と呼ばれるコーヒー店がいくつもあって、今も次々と新しい店が誕生していて、印象としては全体的に個性強め。今回の「二条小屋(にじょうこや)」もそう。二条城近くの住宅街の駐車場の奥にあり、ふらりと見つけて入るにはいろんな意味で困難か。ただ、一度足を踏み入れたら沼ってしまう、むちゃくちゃ素敵なコーヒー店なのだ。路地裏に名店ありとはよく言ったものだ。 店主の西来昭洋さんには叱られそうだが、少なくともシャキッとは建っていない。今にも崩れそうな外観はただならぬ雰囲気を醸し出していて、さぞや店主は癖ありに違いないという予感が頭をよぎる。恐る恐るドアを開けてみると、そこには心地よいジャズの音に、控えめなトーンの客の会話が時折混じる、静かで落ち着いた空間が広がっていた。 入り口近くのカウンターに置かれた木製のメニューから、エチオピアを注文して適当な場所に腰を下ろす。椅子はなくスタンディング形式だが、少しだけ腰かけられるスペースもある。 ワンオペの西来さんは、注文を取ったら湯を沸かし、豆を挽(ひ)き、サーバーとドリッパーをセットし、カップをセレクト…。もう何千回と繰り返してきたのだろう、手慣れたステップで、それでいてすごく丁寧にコーヒーを淹(い)れ始める。その流れるような一連の動作と広がる豊かなコーヒーの香りに、流れるジャズが相まって、癒やし効果は抜群だ。 カウンター越しにコーヒーを受け取り、いざ。清らかで雑味はなくまろやか。フルーティーな香りと優しい酸味のバランスが秀逸で、自分好みのエチオピアらしい味わいだ。 店の奥にあるビンテージのレコードプレーヤーから流れる音楽が店内を満たす。この狭い空間に音楽はすごく重要な存在で、ゲストとの距離感をうまく作ってくれるという。音楽が途切れるとレコード盤を替えに行くのだが、そのアナログ感もいいし、針を通して流れる音には、デジタルとはどこか違う懐かしさや優しさがあると西来さん。 内装のデザインは、インテリア・設計事務所で働いた経験を生かして自ら行った。中央には大きなL字形の木のカウンターがあり、梁(はり)から下がる電球や、天井のない抜けた屋根、窓からのぞく外の緑が目に優しくて、このレトロ感満載の店内を演出している。 豆はオープン当時からずっと、1928(昭和3)年創業の神戸の老舗、萩原珈琲から仕入れている。直接配達してもらえる圏内にぎりぎり入っていたことも決め手のひとつ。豆が落ち着き、ちょうど飲み頃になる焙煎(ばいせん)日から2、3日以内の豆を届けてくれる。 西来さんと萩原珈琲の出会いは、高校のころにさかのぼる。もともと両親がコーヒー好きで、小学生の頃はミルで豆を挽く担当だったそう。当時は苦くて飲めはしなかったが、香りがすごく気に入って、それ以来ずっとコーヒーのファン。 高校の時に粋がって、バイトで稼いだ金をつぎ込み、カフェ巡りをしていたことがあったが、初めてブラックが本当においしいと感じたのが、萩原珈琲だった。その縁が今も続くとは、やはりコーヒーには人と人をつなぐ力があるのだなーと思ってしまう。 コーヒーは、浅煎りから深煎りまで5、6種類。注文が入ると1杯分ずつ豆を挽き、オープンカウンターで丁寧にコーヒーを抽出する。挽き目にもすごくこだわりがあるが、かっちりとレシピを決めているわけではなく、気候、季節やその日の気分などによって変えている。 コーヒーにはこだわるが、豆の特徴や挽き方、淹れ方のうんちくを語り合うより、仕事の合間や、買い物のついでに、ここでちょっと“いい時間”を過ごしてもらいたい。「自分はお客さんの目の前で、丁寧にコーヒーを淹れて、それを飲んでもらえたらうれしい」 必見・必食のスポットが目白押しの京都だが、歴史遺産と同じように、ぜひオンリストしておきたい場所だ。 二条小屋 京都市中京区最上町382-3 090-6063-6219 https://www.facebook.com/nijokoya ■著者プロフィール 熊野由佳 ライター&エディター 徳島県出身。外資系ジュエリーブランドのPRを10年以上経験した後にフリーエディターに。雑誌やWebを中心に、旅、食、カルチャーなどをテーマに執筆中。無類の食べもの好きでもあり、おいしい店を探し当てる超(?)能力に恵まれている。自分の納得した店だけを紹介すべく、「実食主義」を貫く。2020年~2024年には「口福のカレー」を連載し、96店を実食した。カレーに勝るとも劣らないコーヒー好きが高じて、2年前からインド発コーヒーブランドの広報も担当。新連載「口福のコーヒー」では、コーヒーをもっと楽しむための耳寄りな情報を発信中。
朝日新聞社