障がいで身長139cm、”日本一小さい営業マン”のつらい過去 父の背中を追いかけ奮闘 #令和に働く
父を追いかけ、自分の強みを見つける
そんな山﨑さんが営業の仕事を選んだのは、お父さんがきっかけでした。仕事から帰ってきたお父さんが楽しそうに「今月の営業成績が1位だった」「今日はこんなお客様に出会えた」などと話してくれていたことで興味が湧いたのです。 営業職は顧客先に訪問し、車の運転をしたり、納品時には重たい荷物を持つ機会があったりと肉体的にも精神的にも大変な仕事の一つ。そのため、両親からは反対されていました。 しかし、お父さんのように営業がしたいという夢を諦めきれませんでした。そこで、食品の電話営業を行う会社で働いて経験を積み、オフィス機器の訪問営業を行うお父さんの会社へ転職したのです。 入社したての頃は、ほかの先輩には簡単にできることが、自分の体ではこんなにもできないのかと痛感しました。 しかし、今では障がいの特性についてみんなが理解をしてくれていて、自分一人ではできない作業を先輩たちが手伝ってくれたり、訪問先に車で行くときは2人で行くようにしたりと、会社全体で工夫しフォローしてくれているといいます。 山﨑さんは「仲間たちには感謝の思いでいっぱい」と話しました。
障がいを「個性」と捉えたきっかけ
苦労も経験してきましたが、見た目を逆に強みと捉え、キャッチコピーにして活動するようになりました。きっかけは、高校時代にあります。 「中学時代はいじめで障がいをマイナスに考えていましたが、高校で友人から『海斗も変わっとるけど、俺も変わってるし別に気にしなくてよくない?みんな違ってみんないい』と言われ、障がいを個性と捉えられるようになりました」 そして、営業マンになりたいと思い始めたのも高校生からだといいます。 せっかくなら自分の個性である障がいを存分に活かし、たくさんの人に覚えられ愛される営業マンになりたいという思いから、キャッチコピーをつけました。 「日本一小さい営業マン」は山﨑さん自身がつけたキャッチコピー。 「愛着もありますし、名前だけでなくこの愛称で覚えていただけるお客様も多いので嬉しいです」と話す山﨑さん。 たまに「世界一小さい営業マン」と間違われることもあるそう。しかし「それはそれで嬉しいです(笑)」と話していました。 また「普通に名前だけでもいいのかもしれませんが、障がい者の営業マンが訪問すると、どうしても気を遣われると思うんです。なのでそんなときは自分から『僕は身長が139センチなので日本一小さい営業マンと覚えてください!』と伝えてアイスブレイクとして使ったりします」と話していました。