新橋で高級すしを安価に提供 クラファンと仲卸業併営でコスト削減
新鮮な高級すしを8800円で堪能できる
この日の1品目は、「海人(あま)さん手作りこのわたの茶碗蒸し」。千葉産の朝採り卵を使用し、カツオの一番だしのみで仕上げている茶わん蒸しで、コノワタ(ナマコの内臓の塩辛)がアクセントになっており、ペロリとたいらげられるだろう。 続いて、鹿児島産の「初ガツオ」と愛知産「平貝」の2種盛りが出たら、お待ちかねの握りへ。この日の握りは静岡稲取産「金目鯛」からはじまり、千葉産「スミイカ」、京都舞鶴産「アジ」、富山産「白エビ」と全国から取り寄せた新鮮でうまいネタの握りがテンポよく出された。 握り数貫の合間に、「ホタルイカのなめろう」「素潜り漁師直送赤ナマコ酢」「神経〆マダコの桜煮」「やま幸マグロの山かけ」などの料理が出される。 「自家製ガリ」と「しじみ汁」は食べ放題なのがうれしい。本来、口直しに食べるガリだが、ここのガリは自家製だけあって、持ち帰りたくなるほどのおいしさだ。また島根宍道湖産のしじみを使用したしじみ汁は、だしをお酒や塩、薄口しょうゆで仕立てた優しい味で何杯でも飲めそうである。 コースに入っていない握りはもちろん、コースの中でもう一度食べたいと思った握りを追加で注文できる。「おまかせコース」のマグロは、本マグロの赤身だったので、著者は「やま幸」の中トロを食べてみたくなり、中トロを追加で注文した。 新鮮なすしネタや食材を全国各地から取り寄せ、リーズナブルな価格で提供している鮨処 一石三鳥。同店はなぜ、これを実現できるのか。運営するHuman Qreate代表で取締役を務める米田拓史(よねだ・たくし)氏に話を聞いた。
「100日後に飲食店を出す」と宣言し、自分にプレッシャーをかけた
前職の大手ブライダル企業では「挙式成約率全国ナンバー1」という実績を収めた。会社を支えていた存在だが、なぜ退職したのか。 米田拓史さん(以下、米田氏):コロナ禍で、ビジネスのありようが大きく変わってしまったことがきっかけだ。飲食業界はキャッシュフローがよく、先にお客様からお代を頂いて、仕入れなどの支払いは月末に締めて翌月末や45日後に支払うのが一般的だ。 しかしブライダル業界は、成約しても挙式の2週間前にならないと入金されない。コロナ禍で式の予定が延びてしまうと、売り上げが立つまでの時間がさらに延びてしまう。その間、会社の売り上げが立たないため成果にならず、自分がどんなに成約しても、給料も役職も上がらない。 また、学生時代からずっと、社長になって、自分でビジネスをしたいと思っていたこともある。そのために挨拶や敬語の使い方、礼儀作法、立ち振る舞い、おもてなし、チームプレイなどを学びたいと思い、ブライダル企業に入った。正直、当初は結婚式に特別な思い入れはなかったが、ブライダルに関わることで、この業界が好きになった。しかし、コロナ禍で転職を考えるようになった。 ブライダル企業がステップアップの場となったのか。 米田氏:その通りだ。もともと33歳までに独立を考えていたから結局5年早まった。 一生に一度の結婚式のためにかけた熱量を、毎日の食事にかけたら、どんな化学反応が起きるか見たいという気持ちになった。 ブライダルで学んだノウハウがあるにしろ、自己資金も限られていて、初めて飲食店をオープンさせる。それも緊急事態宣言などが発出されているコロナ禍の最中だ。大変な苦労があったのでは。 米田氏:本気度を伝えるため、周囲に「100日後にオープンさせる」と宣言した。思いが伝わり、共にブライダル会社で働いていた後輩たちが何人も合流してくれた。またブライダル企業にいたときに付き合いのあった腕の立つ料理人も、「最高の食材を前に、職人との会話に興じながら料理を楽しんでもらう」というコンセプトに賛同して集まってくれた。無口で頑固な職人像を払拭するために私が掲げたスローガン「職人たる前にサービスマンであれ」を受け入れてくれた。 実績がなかったため銀行からは融資を受けられなかったが、クラウドファンディング「Makuake(マクアケ)」を利用し、応援してくれる顧客を集めた。 クラウドファンディングで支援してもらうために、どのようなことを心掛けたのか。 米田氏:自分はインターネットを使って買い物をしないので、「そんな自分でも買いたくなる内容は何か」を突き詰めた。クラウドファンディングは写真や文字、動画のみでの訴求なので、味のおいしさを実際に伝えることはできない。だからこそ、訪れてみたいと思わせるような仕組みを考えた。例えば、焼鳥屋の隠し扉を開けたらすし屋に入れるという仕掛けがあることや仲卸業にも挑戦していること(後述)など、思いを込めたページでお伝えすることに注力した。 1店舗目では2280万円ほど集めた。その後、計8回のクラウドファンディングを実施し、総額2億5000万円という飲食部門で世界最高金額 の支援を得た。特に新店の「鮨処 一石三鳥」は、過去最高記録の5313万2600円を記録した。クラウドファンディングはお客様を得ることにもつながり、お店は常にお客様で埋まっている状況になっている。 Makuakeがもたらす集客力は理解したが、肝心のすしネタや食材はどのような工夫で仕入れ値を抑えているのか。 米田氏:魚の仲卸業でバイヤーをやっていたことがある“さかなクン”と呼ばれるほど魚に詳しい強者がすし職人として入社した。彼は全国150の漁港とつながっていて、ほしい食材は市場を通さなくても入手できる。そこで、お客様に安価で高級なすしを食べていただきたいという思いから、仲卸業も始めることにした。 一般的に飲食店までの流通は、漁師→仲卸→市場→飲食店という流れだが、仲卸業をして漁師と直接やりとりすることにより、仕入れ値を大幅に抑えることができた。すしの原価は38%~43%といわれるが、弊社では25%まで落とすことができた。それにより売価も33%程度下げられた。 この工夫によって、「安かろう悪かろう」ではなく、本当にうまい魚をコスパよく提供できるようになった。鮮度を保つため、高性能の冷蔵庫も導入した。 それは素晴らしい。仲卸業をしているということは、同業のすし屋からも発注を受けるのか。 米田氏:もちろんだ。弊社が経営している店でコースを予約し、味を確かめてから仕入れを相談してくる飲食店も少なくない。市場で仕入れるよりリーズナブルな価格で卸しているので、取引先がどんどん増えている。今後、仲卸業は大きなビジネスの柱になりそうだ。 今後の展望を聞かせてほしい。 米田氏:2024年4月、勝どきに焼き鳥と焼き肉、すし、割烹を楽しめるグループ初の居酒屋「食堂 一石三鳥」をオープンさせた。24年5月には、グループ初のフランチャイズ店となる「一石三鳥 三島店」、今夏にはJR大阪駅直上に開業する「イノゲート大阪」の飲食店街に「一石三鳥 総本山」を出店させる予定だ。 ●取材を終えて 一石三鳥グループの快進撃は、以前から噂で聞いていた。飲食業界の異端児と呼ばれ、米田社長はまだ32歳。ユニークな発想力を持つ彼が、飲食業界にどのような新風を巻き起こすのか注目したい。
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