なぜプーチンやトランプは支持を集めるのか 両者の人気の背後に浮かび上がる「怨念」とは
都市化とその反力
前にも書いたことだが「人間は都市化する動物である」というのが、僕の基本的な考えだ。 鳥もビーバーも家をつくる。蟻も蜂も都市的な空間に住む。洞窟時代の人間に比べれば、そういった動物の方が高度な建築と都市をもっていたともいえる。しかし人間はその居住空間を不断に発達させ、今日のように高度で複雑な居住環境を築いてきた。人類はその生態を変化させる動物なのだ。鳥が飛ぶように、馬が走るように、魚が泳ぐように、人間は都市化する。 また都市化は不可逆的に加速度的に進行する。物理学的にいえば人間の社会は常に都市化の力を受けている。同時にその反作用としての力「都市化の反力」を受けてもいる。都市化という外力に対する応力(ストレス)が生まれる。 シビライゼーション(civilization)とは本来「都市化あるいは都市民化」であるが、これを「文明」と訳したのは進歩の価値を込めてのことだろう。僕としては「都市化」という場合は場所的即物的な意味を強くしたいときで、その反作用に対して、精神的な意味では「都市化のルサンチマン」と、社会的力学的な意味では「都市化の反力」と表現している。「文明」という場合は、一般的な批判性を強くしたいときで、その反作用には「文明への怨念」という言葉を当てている。 都市化とはまた「脳の外在化」でもある。人間は脳の機能を次第に人間の外部にすなわち都市に移していく動物である。詳しくはこれまでの記事を読んでいただきたい。 「文字」の発明は、その脳の外在化の大きなエポックであった。しかし、文学には、都市化に対するルサンチマンが表出するのだ。僕は「文学の中に登場する都市と建築の記述に関する研究」を続けてきたが、トルストイやドストエフスキーなどロシア文学にも、マーク・トウェインやフォークナーなどアメリカ文学にも、急速な近代化へのルサンチマンが読み取れる。 歴史が短く広大な領土をもつアメリカとロシアの社会には、日本が中国(特に漢字)の影響を受けて文明化する時代と、西洋の影響を受けて近代化する時代に経験した「都市化の反力=文明への怨念」が、強いポテンシャル・エネルギーとして潜在する。プーチンとトランプはそのエネルギーを受けている。