「宇宙を加速膨張させるエネルギー」科学者たちも棚上げしようとした2つの矛盾
「棚上げ」せざるを得なかった理由
第一の理由は、重力は実際面ではあまり重要な力ではないという事実です。重力が重要でないとは、少し意外に感じるかもしれませんが、実は重力は自然界に存在することが知られている他の3つの基本的な力、すなわち電磁気力、弱い力、強い力に比べて圧倒的に弱いのです(弱い力、強い力はそれぞれある種の原子核等の崩壊、陽子や中性子の成り立ち等に関係する力)。 たとえば具体例としては、陽子と電子の間に働く重力は、その間に働く電磁気力に比べて39桁も弱いという事実などがあげられます。そのため重力は、多くの物理的状況、たとえば素粒子物理、原子核物理、物性物理で扱う大部分のシステムでは完全に無視できるのです。 もちろんこれは重力が常に重要でないということではありません。私たち自身やそれより大きい太陽系や宇宙のスケールでは、重力は明らかに重要な役割を果たしています。ではなぜそのようなスケールにおいて重要となるのでしょうか? それは、重力は他の力と違って必ず引力として働くという特殊な性質があるためです。私たちの身体や星は、数多くの粒子でできています。そのような物体同士には、その構成要素である粒子間に働くのはわずかな重力でも、それが全て集まったものとして大きな重力が働くのです。 一方で電磁気等の力は、構成要素間の引力と斥力が打ち消し合うためこのような増幅効果はありません。よって大きな物体では重力の効果が相対的に重要になってくるのです。 実際、もしこの打ち消し合いが不完全だったならば、電磁気力は重力よりはるかに強い影響を物体に及ぼします。たとえば磁石を地面に置いたクリップに上から近づけていくと、クリップは磁石にくっつきます。つまり、磁石とクリップの間に働く磁力は、クリップと地球全体との間に働く重力に簡単に打ち勝つことができるのです。こう考えると、重力がいかに弱いかがわかるでしょう。
もうひとつの理由
第二の理由としては、重力の量子論がよく理解されていないという事実がありました。先にも述べたように、重力は多くの物理的状況下で重要ではありません。実際、素粒子の標準模型*は重力を含んでいません。したがって宇宙論など重力が問題になる系を扱うには、完全な量子力学的理論である標準模型と古典理論であるアインシュタインの一般相対性理論とを「つぎはぎ」にして考える必要があったのです *標準模型:17種の粒子を構成要素(図「素粒子の標準模型に現れる粒子」)とする、すべての物理現象をほぼ的確に描写する理論。 これは、通常の宇宙論を扱う上では問題ではありません。なぜなら、隕石や星、銀河など巨視的なシステムを扱う上では重力は重要ですが、そこでは量子論の効果は重要ではありません。また反対に量子論が重要となってくる場面では、重力はその弱さゆえ直接的には重要でなく、一般相対性理論で記述される古典的な効果を間接的に取り入れるだけで十分だからです。 真空のエネルギー密度の問題は、このつぎはぎの理論を真空のエネルギー密度に当てはめたとき、その見積もり値が巨大になってしまうという問題です。だから多くの物理学者は、このつぎはぎを真空のエネルギー密度に当てはめることには何かまだ知られていない重大な問題があって、それを解明すれば真空のエネルギー密度の問題は解決されるだろうと考えたのです。 つまり、真空のエネルギーの抱えていた問題を棚上げにしてしまったのです。