「宇宙を加速膨張させるエネルギー」科学者たちも棚上げしようとした2つの矛盾
ダークエネルギーの正体
このダークエネルギーの正体の最も有力な候補は、「真空のエネルギー」と呼ばれるものです。これは一体何でしょうか? それを理解するために、身の回りからものを取り去っていくことを考えてみましょう。机を取り去り、ソファーを取り去り、家を取り去り、そしてあなた自身も地球も太陽もダークマターも全てのものを取り去ったとしましょう。この状態が「真空」です。 一般相対性理論によれば、この真空の状態もエネルギーを持つことができるのです。言ってみれば、全てのものを取り去った後に空間自体が持つエネルギーです。この真空のエネルギーは、正の値も負の値も取ることができます。ゼロであることも可能です。そして、もし値が正であればそれは宇宙を膨らませるように働き、負であれば縮ませるように働くことが理論的に示すことができます。 このことから、もし膨張宇宙が正の真空エネルギーを持ち、かつその影響が物質による引力の効果より大きければ、宇宙の膨張は加速していくことがわかります。つまり、1998年の観測は、現在の宇宙の真空のエネルギーが正であり、かつその効果が物質同士の引力を凌駕しているのを見つけたことになるわけです。膨張がどの程度加速しているかを測ることで、真空のエネルギー密度(体積あたりの大きさ)は、物質のエネルギー密度の2倍ほどと求められます。 しかし、真空のエネルギーということをより深く考えていくと、そこにはいくつかの謎やおかしな点などが存在することに気づきます。
真空のエネルギー密度が呈した問題
私たちの真空のエネルギー密度に関する理解には何かおかしな点がある、ということは1980年代にはすでによく知られていました。一言でいえば、量子力学が真空のエネルギー密度に及ぼす効果と、真空のエネルギー密度の値に関する観測的事実との間の矛盾です。 量子力学は一般にあらゆるものにある種の揺らぎのようなものをもたらすのですが、これを真空に当てはめた場合、その影響は真空のエネルギー密度がシフトするという効果となって現れます。 この真空のエネルギー密度の量子力学による補正は、極めて特別な理想化された場合を除いて現在の理論的枠組みで正確に計算することはできません。しかし、その大体の大きさは見積もることができ、それは絶対値にしておよそ10⁹⁰g/cm³というとんでもなく大きな値になります(絶対値とは、数の正・負を勘案せず数字の部分だけを考えたときの量のことです)。 一方で、当時すでに真空のエネルギー密度の値に関しては、このエネルギー密度が宇宙膨張に及ぼすはずの影響が当時の観測に見られないことから、その絶対値の上限が与えられていました。そしてこの観測的な上限は、上で述べた理論的に示唆される値よりもはるかに、120桁近くも小さかったのです。 では、当時の科学者たちは、この問題にどう向き合ったのでしょうか? 多くの物理学者のとった態度は「棚上げ」でした。そしてこれは以下のような理由により、あながち不当な態度ではありませんでした。