被災地の「怪談」に宿る温かさと喪失感 東北ならでは死者との向き合い方 #知り続ける
では、どのような変遷、変容があったのか。一つの変化は震災から2、3年して顔と名前がないオバケの話が増えたことだと黒木さんは言う。 「外から来た復興業者やボランティアが語り始めたからです。彼らはたくさんの人が亡くなったという情報は知っている。けれど、町の営みの実感はない。遭遇した不思議な現象は、顔と名前がないオバケの仕業だから怖い、という話になる。当初は亡くなった家族の声が聞こえた、姿が見えたと語る人に対して『無念だったんだべね』と周囲の人たちが喪失感に共感していた。誰もが胸に抱え込んだ思いを口にして共感してもらうことで、心が楽になる。怪談がそうした役割を果たしたケースもあったはず。でも、時間が過ぎると『トラウマによる幻聴や幻覚だから医者に行ったほうがいい』という話になっていった」
「口寄せ」という東北の伝統
黒木さんの実感では、震災後5年を境に怪談は減っていったという。新しい住居や店舗が立ち並び、町から震災の影が薄れはじめた時期だった。 2018年、黒木さんはこうした変化を象徴するエピソードを聞いた。岩手県大槌町に暮らす高齢男性の話だ。 男性は、大槌町にある先祖の墓を内陸部の一関市へ移そうと考えていた。そんなとき自宅の廊下を歩く足音がした。目をやると、津波で亡くなった母親の白い足袋が見えた。その後、ガラッと玄関を開ける音がした。男性はこう語った。 「ばあちゃんも、もうここさいらんね(ここにいられない)と思ったんだべな。一関に無事に着いてくれればいいけど」
ふるさとを後にせざるをえない人たちの心情が投影されているように思えると黒木さんは語る。 「東北には、飢饉や災害、疫病でたくさんの人が亡くなった歴史がある。死者は身近な存在だったし、いまも死者と交流する回路が残っています。青森の恐山のイタコが行う死者の魂を呼び寄せる『口寄せ』はその典型です。東京から西の地域では、死者の霊が出たら祓(はら)って鎮める。東北では、近年まで集落ごとにイタコのような『口寄せ』がいて、死者と折り合いをつけてきた。不思議な体験を受け止める素地には、そんな伝統があるのではないでしょうか」 東北の被災地で、怪談はいまになって語られ始めたわけではない。100年以上前の被災地にも幽霊が現れていた。