1台のポルシェ928が語る物語|映画『卒業白書』、夢追い人、そして2億円の価値
2021年9月18日、バレット・ジャクソンに出品された1979年式ポルシェ928は198万ドル(手数料込み:当時の為替レートで約2億2,000万円)で落札され、「ポルシェ928世界最高落札価格」というタイトルを獲得した。 【画像】トム・クルーズの撮影にも使われたポルシェ928劇中車のエクステリアとインテリア(写真20点) ロングセラーだったため新車時価格は年代によって様々だが、決して3000万円を超えるようなモノではなかった。以前、octane.jpでも取り上げているが、当該車両は1983年公開の映画『リスキー・ビジネス』(邦題:卒業白書)にて用いられた劇中車両である。そんな車がモントレー・ウィーク開催中、ボナムスのオークションに出品されていた。落札予想価格は140万~180万ドルとやや控えめ(?)だった。 バレット・ジャクソン、ボナムス、いずれの車両紹介文でも「劇中車両は3台用意され、出品車両はその1台」であることが記されている。しかし、これは必ずしも正確ではない。真相を追求したのは、ルイス・ジェンセンという男性である。「映画が人生を変える」なんて大げさに聞こえる宣伝文句をたまに耳にするが、文字通りにこの言葉を体現したのが彼である。 ジェンセン少年が14歳のときに公開された「リスキー・ビジネス」はR指定だったため、姉に頼み込み一緒に観に行くことで映画館に忍び込めたそうだ。そこで目にしたポルシェ928にジェンセン少年は心を奪われた。それから20年以上。大学に進学し、テレビ業界でキャリアを積んだジョンセン氏。しかし、928への思いは消えるどころか、年々強くなっていった。 “あの車は今、どこにあるんだろう?” 2005年、ついにジェンセンは重い腰を上げる。『リスキー・ビジネス』で使われた928を探し出すという、無謀とも言える挑戦の幕開けだ。しかし、事態はすぐに思わぬ方向へ。映画のプロデューサー、ジョン・アヴネットへのインタビューで衝撃の事実が明らかになった。なんと6台もの928が映画のために借りられた形跡があったのだ。 映画内の設定において928(プラチナメタリックの外装、タン色の内装、マニュアルトランスミッション)は主人公ジョエル・グッドセン(トム・クルーズ)の父親の車として登場。脚本家兼監督のポール・ブリックマンは、フェラーリやランボルギーニでは主人公の父親の日常の足には高級すぎると考え、ポルシェ928を選んだ。ちなみに911も検討されたが「平凡すぎる」と判断されたそうだ。 制作陣はポルシェに車両提供を打診するも、“売春婦が登場する”ことを理由に断られた。そこで劇中車専門業者だけでなく、一般オーナーからもレンタルして撮影に臨んだ。 映画内の主な走行シーン(カーチェイス含む)に用いられた劇中車は1981年式で内外装は設定どおりだが、オートマチックトランスミッションを搭載していた。映画内でも登場するシカゴの「リー・クリンガー・ポルシェ(現ポルシェ・エクスチェンジ)」の顧客が所有する車両だった。1日100ドルのレンタル料金をオファーするも話はまとまらず、1日500ドルで貸し出された。 撮影模様を見学したオーナーは、その荒い使われ方に激怒し、貸出契約を作った弁護士を通じて制作会社にクレームを入れるも…、金儲けの香りがしたらしく、なんとこの弁護士が当該車両を買い取り引き続き劇中車として使われることに。 これは撮影終了後、劇中車としての価値を見出されることなく(劇中車であったことを購入者には告げず)、1984年にアメリカ国外へ輸出された。「リスキー・ビジネス」はトム・クルーズにとって初主演作で、ゴールデングローブ賞主演男優賞にノミネートされるも、まだまだ駆け出しの俳優であった。そして、映画のなかでミシガン湖に928は沈むので、多くの人が劇中車は水没車である、と思っていた。 かくいう「水没車」はミシガン湖に水没させるためだけの車両を劇中車専門業者から借りていた。車を壊さず、湖を汚さないためにエンジンやトランスミッション、電気部品はすべて取り外して“水没専用車両”が用意された。映画を観直してみると、車高がやけに高いことに気づくだろう。また、水没シーンの導入部分で1カット撮り忘れたようで、928が坂をゆっくり降りるシーンのためだけに1台、調達されたようだが記録は残っていないという。制作サイドが友人・知人のツテを辿って調達したのかもしれない。 残る2台は厳密には劇中車とは呼べない。1台はポスター撮影とプロモーション用に借り出されたが、劇中車にはないサンルーフ装着車であった。そしてもう1台は“音撮り”のためだけに借り出された。 劇中車としてもう1台、映画のために借り出されたのが「ポルシェ928世界最高落札価格」の当該車両である。これは1979年式で純正色としてプラチナメタリックが存在しなかったので、わざわざ塗り替えられたもの。カリフォルニアの劇中車専門業者から借り出されたもので、映画の設定仕様通りのモノでトム・クルーズの“寄り”撮影に用いられた。 探偵まで雇ったジェンセン氏は長い捜索の末、当該車両を見つけ出すことに成功した。撮影終了後、928は白く塗り替えられ、カリフォルニア州に保管されていた。複数オーナーを経て、走行距離は10万マイル超、燃料タンクは漏れがあり、ボディの節々に経年劣化が見受けられた。それでもジェンセン氏は長年のヒーローカーを無事に手に入れ、ボディの目立たない場所を削ってみたらプラチナメタリックが出てきて“本物”の劇中車であることを再確認したという。 ジェンセン氏は、この経験をもとにドキュメンタリー『The Quest for RB 928』(RB928を追い求めて:RBは“リスキー・ビジネス”)を制作した。車を手に入れた後、ジェンセン氏は次のように述べている。 「私が本当に追いかけていたのは幻想だったんです。本当の928は、DVDの中にしか存在しない。私が手に入れたのは、ただの素晴らしい映画の遺物にすぎません」 2021年のオークション時の熱狂はどこへやら、今回のボナムスで控えめな予想落札価格ながら“流れ”た。もし今回の出品者が値上がりを見込んで購入していたとすれば…、これもまたリスキー・ビジネスだったのかもしれない。 なお、カーチェイスに用いられ、後にアメリカ国外へ輸出されたAT車のシャシー番号はWP0JA0921BS820312だそうな。 文:古賀貴司(自動車王国) Words: Takashi KOGA (carkingdom)
古賀貴司 (自動車王国)