「なんで賃上げできないんですか?」上場企業のトップや中小企業経営者、労働組合関係者に聞いて回った!
そして今井氏が続ける。 「賃金問題の議論では、株主や経営者を悪魔のように位置づける言説が散見されます。しかしそれは単純化しすぎていると思います。現状はすべてのプレイヤーが、それぞれ自分にとって合理的に振る舞っているんです。誰も悪さをしようとは思っていない。その結果膠着状態に入っているからこそ、この問題は難しいのです」 ■毎月インフレ手当を出す茨城県の町工場 では、解き明かすべきは各プレイヤーの視点から見える合理性だろう。まずは、土木業界の労働組合関係者に話を聞いた。 「賃上げムードを受けて、うちの業界でも大企業との交渉に対する熱意は高まっています。ところが、成果ははかばかしくない。なぜなら大企業の経営陣は『1次請けには十分還元しているが、それ以降がどうなっているかは関知しておらず、介入もできない』というスタンスだからです。 私の体感では、職人さんたちにはほとんど賃上げの効果は波及していない。『大手が十分に賃上げをしたら、最終的には全体に波及する』と言う人もいますが、あまりに楽観的すぎるように思います」 これに同意するのは、埼玉県にある従業員20人程度の金属加工会社のA社長である。 「大手は自分たちのことしか考えてない。大企業と仕事してもどうせ買い叩かれるということで、自分の周囲でも受注を断る人が増えています」 ちなみに、賃上げはできた? 「できてないですね。私の会社は真鍮を扱うんですが、材料となる銅の価格が2年前に高騰し、大打撃を受けたからです。とても賃上げをするような懐事情ではありません。 とはいえ、うちの社員さんにはいい思いをさせたい。ベースアップの鍵を握るのは、納入先への価格改定が成功するか否かです。近く交渉する予定で、その準備を進めています」 原資として、現預金を使うという選択肢はなかった?
「検討はしました。ただ、うちは一時的に赤字になることもある。赤字の期でもボーナスは出してあげたいということもあって、断念しました」 一方、対照的なケースもある。茨城県で従業員数30人弱の金属加工業を営むB社長は、何度もベアを行なったという。 「この2、3年で基本給は3万円以上は上げたんじゃないかな。それとは別に、インフレ手当も月1万出してますよ。2年前に導入して、今も継続中です。なんでって? 人材の流出を抑えたいんですよ。優秀な人材をつなぎ留めるのに一番手っ取り早いのはお金ですからね」 原資はどこから? 「うちはお客さんに恵まれてて、価格交渉をしてもだいたいのんでもらえるんですよ。それで利益率も3割弱を維持できているので、ここから従業員への還元に回せています。人件費が増えた分、内部留保や設備投資に回せるお金は減りましたがね」 明暗を分けたのは、価格交渉力ということだ。これは多くの業界にいえることだろう。 ■消費税のせいで賃上げできない 製造業以外の経営者にも、賃上げ事情を聞いてみよう。東京都で従業員数50人ほどの不動産業を営むCさんの談だ。 「弊社は2022年に、7%ほどのベアを実施しました。建築資材の高騰という逆風があったのですが、コロナ禍でビジネスモデルを少し変えたことで、業績は好調です。 ただ、この決断に至るまではかなり悩みました。やっぱり、固定費が上がるというのは怖い。賃上げをしたところでどのくらい社員がそれを評価してくれるかもわからないし、パフォーマンスが上がる保証もないですしね。 正直、利益が出たときだけボーナスを増やすほうが楽だし、社員も喜んでくれます。それでも、物価が上がっている中で身の回りのことを気にせず、仕事に集中してほしいという思いで、ベアに踏み切りました」 続いて話を伺ったのは、東京・下北沢で世界各地の発酵食品を販売する「発酵デパートメント」の経営者・小倉ヒラク氏。これまで登場した製造業、不動産業とはまったく異なる特有の事情で賃上げの難しさに直面しているという。