「なんで賃上げできないんですか?」上場企業のトップや中小企業経営者、労働組合関係者に聞いて回った!
■増配をやめて賃上げすればいいじゃん! ここまでのデータを整理すると、上場企業は株主還元を優先するあまり、労働者への還元をおろそかにしているという仮説が浮かぶ。ならば解決策はシンプルだ。 インフレ中は上場企業は増配や自社株買いといった株主還元をやめて、その分の元手を従業員に割り振ればいいのでは? そんなアイデアを、パーソル総合研究所で研究員を務める今井昭仁氏にぶつけてみた。 「発想としては悪くないんですが、事はそう単純ではないんです。まずは、なぜ従業員より株主への還元が優先されるのか、そのメカニズムを説明しましょう」 企業の賃上げが遅れる一因は、労働組合の交渉力が弱いことだと今井氏は言う。 「例えばドイツでは、労使交渉において、伝統的にインフレ率を考慮した賃金上昇率を求めてきました。実質賃金マイナスとなる改定になりにくいわけですね。ところが日本ではデフレが続いたので、こうした意識が乏しい。労働者が個別で交渉することは可能ですが、そうする人はまだ少数派でしょう」 では、なぜそのお金が株主の元に行っちゃうの? 「前提として、株式会社は法的には株主のものです。そのため、経営者は原理的には株主のために行動する必要がある。ですから、従業員ではなく株主を優先するのは、その善悪はさておき、仕組み上は自然なことなのです。 もちろん、経営者は賃上げの必要性はわかっていることでしょう。ただ難しいのは、そのリターンを見積もり、株主に説明すること。となれば『還元を抑えて、その分を労働者に回す』という極端な選択肢はなかなかとりづらく、増配を実現しながら、その後賃上げも進めていくのが無難なのです」 つまり、悪いのは株主だということ? 「いえ、そうとは言い切れないでしょう。株主は制度の中でやるべきこと、合理的なことをしているだけですからね。自身がお金を出しているのですから、経営の改善を要求するのは自然なことです」 うーむ、完全に納得できるわけではないが、理屈はわかった。ここまでは上場企業の話だったけど、中小企業の賃金が上がらない理由は? 「インフレにより利幅が圧迫されたり、価格交渉力が弱いことで利益が出ておらず、そもそも賃上げの原資がない会社もたくさんあるでしょう。 ただ、事情はそう単純ではありません。日本の企業は、長く経済が低迷する中で社会的責任として雇用維持が求められてきました。そのため、業績が悪くても人員削減が難しい環境にありました。 また、お金を借りている銀行に対して迷惑をかけてはいけないという価値観もあり、苦しくても会社を畳みづらかった。その結果、経営が硬直化し、賃金を柔軟に上げるのが難しくなっているのです」