ヤマザキマリ「長い海外生活で『日本の何が一番恋しくなりますか?』という質問に『デパ地下』と答える理由。イタリア人の夫も地下天国に取り憑かれて」
レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロなど、世界的にも有名な芸術家を数多く生んでいるイタリア。美術館も多く、素敵な街並みに一度は訪れてみたいという方も多いことでしょう。そのようななか、17歳でイタリア・トスカーナ州にあるフィレンツェに留学し、「極貧の画学生時代に食べたピッツァの味が、今でも忘れられない」と語るのは、漫画家・文筆家・画家として活躍するヤマザキマリさん。マリさんいわく「デパ地下への恋しさは、海外滞在中に限ったものではない」そうで――。 【書影】ヤマザキマリ「味覚の自由」を追求する至極のエッセイ!『貧乏ピッツァ』 * * * * * * * ◆「日本の何が一番恋しくなりますか?」 海外暮らしが長いため、「日本の何が一番恋しくなりますか?」という質問を何度か受けてきた。質問者のほとんどは、私が「風呂です」と答えるのを期待していたのかもしれないが、残念ながら10年近く前に暮らし始めたパドヴァの家には、巨大な風呂が設えられている。 だから、あの古代ローマ人が日本の銭湯に現れるという漫画を描いた頃の、入浴への渇望感を日々抱えて生きていた時とは事情が違う。 「風呂」という答えが返ってこないと質問者はがっかりするが、知ったことではない。今の私であれば、迷わずこう答えるだろう。 「デパ地下です」 デパ地下への恋しさは、海外滞在中に限ったものではない。日本に長期間滞在している時ですら、私は日々デパ地下のことを想いながら過ごしていると言っていい。 日本の仕事場は二子玉川の近くにある。電車に飛び乗れば、ものの数分で物欲を掻き立てて止まない素敵なデパートに足を踏み入れることができるので、「ようし、この原稿が終わったらデパ地下に行って食べたいもの全部買うぞ!」と決意さえすれば、ペンの進みも格段に違ってくる。今のところ効果は抜群だ。
◆デパート文化の発達していないイタリア 子供の頃の私にとってデパートは、おもちゃ売り場(おもちゃというより、私はぬいぐるみが好きだったのだけど)と、屋上のレストラン、ペット売り場、そして遊園地。若い頃はパルコなどのおしゃれデパートで、流行りのデザイナーズブランドの店巡り。 中年になって以降、目的のフロアと言えば、もっぱらデパ地下。地上階には気力と体力のある時しか上らない。同世代の友人と待ち合わせをするのもデパ地下。出先での用事が早く終わると、出かけるのはデパ地下。要するに、子供時代はあの高い建物の天空で補うことができていたワクワク感を、今では地表の下で得ているというわけだ。 そんなはずはないだろうと思って調べてみたが、デパ地下というのはどうやら日本独特のものらしい。もちろん、大型商業施設の地下が食料品店やスーパーになっている場所は世界にもたくさんある。 リスボンに暮らしていた時も、私が足繁く出かけていたのは、移民たちが集まる広場に面して建っていた建物の地下にある食料品店だった。でも、それとデパ地下はまるっきり次元が違う。デパート文化の発達していないイタリアでは、あんな世界があることすら知らない人たちはたくさんいる。
【関連記事】
- ヤマザキマリ「イタリアでは一生分の貧乏と辛酸を体験させられた。当時よく食べていたパスタが、日本の高級イタリアンで1500円で振舞われていて…」
- ヤマザキマリ「イタリア人の義父が、友人に勧められ家庭菜園でケールを栽培。あまりの苦味に家族でもがき苦しみ、翌年は白菜に変更されていたが…」
- ヤマザキマリ ナポリであきらかにぼったくろうとしているタクシーにあえて乗ってみたら…留学、結婚、美しい景色。偶然の出会いに人生を変えられて
- ヤマザキマリ 母の葬儀を進める中イタリア人の夫が発した意外な一言とは。母がその場にいたら、息子と夫のしどろもどろな様子を前に呆れながら笑っていたにちがいない
- ヤマザキマリ「なぜ外国人旅行客はTシャツ短パン姿なのか」と問われ、あるイタリア人教師を思い出す。観光客ばかりナンパする彼が言っていた「愚痴」とは