災害時にこそ光った「漢方医学」の力 医師が被災地で経験した漢方医学の有効性
東日本大震災のとき、時系列でどのような治療が行われたのか?
編集部: 東日本大震災の災害被災地では、具体的にどんな治療が行われたのですか? 岩崎先生: まず、被災直後には風邪や低体温症、胃腸炎などの症状を訴える人が多かったので、葛根湯、麻黄湯(まおうとう)、桂枝湯(けいしとう)など風邪やインフルエンザに使う漢方薬による治療が行われました。 また、低体温となった症例には当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)と人参湯(にんじんとう)が用いられました。 また、清潔な水が手に入らなければ下痢や嘔吐を伴う胃腸炎が起こります。それには経口補水液を使用しながら五苓散が処方されました。 編集部: その後は? 岩崎先生: 震災後2~4週間までの間は咳、咽頭痛、鼻汁、目のかゆみなどのアレルギー症状を訴える人が多かったので、小青竜湯(しょうせいりゅうとう)や越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)が用いられました。 その後8週間までには苛立ち、不安感、不眠などの精神症状を訴える人が増えました。これには抑肝散(よくかんさん)、加味帰脾湯(かみきひとう)などを使いました。 編集部: 時期によって出現する症状が異なるのですね。 岩崎先生: 風邪や胃腸炎、低体温症が問題になったのは、寒冷地でしかも低温が続いた3月、震災直後は避難所で暖房もなく、十分な毛布や布団なども不足し、また手を洗おうにも水道が使えなかったからです。 その後にアレルギー症状が増えたのは、津波により運ばれた泥や土砂などが乾燥して空気中に粉塵として広がったことと、花粉症の時期が重なったことが原因として考えらえます。 さらにそのあとは、長びく避難生活による疲れや不安、ストレスなどから精神症状を訴える人が多くなりました。 編集部: 健康問題は非常に多種多彩なのですね。 岩崎先生: はい。そのほか、便秘で苦しんだ被災者はたくさんいました。こういうときは「たかが便秘」ではありません。その便秘には麻子仁丸(ましにんがん)が非常に役立ちました。 編集部: 主に漢方薬が用いられたのですか? 岩崎先生: 漢方薬のほか、たとえば長期の避難所生活によって体の痛みやこりなどを訴える人が増えたときには、マッサージや鍼治療などの物理療法を用いることもありました。能登の大地震の現場にも、たくさんの鍼灸師が入ってそういう施術を行っています。 編集部: いろいろな治療法が用いられたのですね。 岩崎先生: はい。以前に起きた新潟中越地震などの経験から、避難所生活では深部静脈血栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)の発症リスクが高まることがわかっていました。 これは心理的ストレスや水分の摂取制限のほか、足を折り曲げた姿勢を長く継続することが原因とされています。東日本大震災のとき、こうした病態を防ぐために鍼灸・マッサージが極めて有効であることが判明したのです。