新卒エントリー数80%減から大逆転、ニコンの採用改革 「カメラだけじゃない」ブランディングストーリー
各部門が採用を“自分事”に
――採用改革に関して、経営層や現場社員にはどのように協力してもらったのでしょうか。また、経営層や社員からはどんな反応がありましたか。 採用改革PJが立ち上がったのは、中期経営計画を作る過程で「今の採用のやり方では質・量ともに人材の採用が難しい」という議論があったためと聞いています。経営層は全社の部長が集まる会議の場などで「採用にぜひ協力してほしい」といつも発言していました。経営層自らが発信してくれたおかげで、社員に協力を依頼しやすい風土ができていたんです。 ただし、以前は会社説明会への参加をお願いしても、「うちの仕事を学生に説明しても、そんなに魅力のある話はできない」と断られることがありました。そこで「魅力がない部署を希望する学生はいません。自分たちの仕事に魅力があると捉えていないことが問題なのではないですか」と議論を重ねました。その結果、各部門の意識が変わり、採用が思うように進まないときは「どう取り組んだらいいか」を積極的に聞いてくれるようになるなど、人事と現場のコミュニケーションの機会が増えました。今ではすべての部門が採用に対して前向きに協力してくれます。 新卒で入社した場合、面談で希望する部署を聞いてから配属先を決定するので、どんな仕事をするのかを内定者が理解できていない部署には、希望者が出ないこともあります。そのため、内定者に対して各本部や事業部門の業務内容を詳しく伝える機会をつくり、より理解を深めてもらう取り組みも始めています。 キャリア採用については「採用するのは人事の仕事だ」という考えの部署も、当時は少なからずあったようです。しかし、各部門の中で採用が自分事化されたことで、狙った採用につながっていない理由や面接での魅力訴求などの課題を、各部門と人事部で定期的に振り返るようになりました。
就職人気ランキング1位、応募2.5倍
――2024年5月の中計進捗報告では、人的資本経営は「順調」とされていました。PJの成果をお聞かせください。 減少していた応募者数は、最も少なかった2022年卒と比べて2.5倍まで増加しました。まだ最盛期の半分ほどですが、やみくもにエントリー数を増やす必要もないと思っています。応募者数が増えることで、ニコンへの関心がそれほど高くない人も増える可能性があるからです。私たちが目指しているのは、「ニコンに入社したい」と思って応募してくれる人を増やすことです。 採用者数は22年度、23年度共に目標以上の実績を上げることができました。配属した各部門からも、優秀な新卒が増えたとの声をもらっています。これまで浸透していなかったニコンの魅力を伝えることで、より志望度が高い学生が多く入社してくれたのだと考えています。 また、マイナビ大学生就職企業人気ランキングでは、「精密・医療機器」の業種別で2年連続1位を獲得。このランキングはそれまであまりニコンのことを知らなかった学生の関心を広く集めることができるので、上位進出を狙っていました。PJ開始前は2年連続で10位圏外だったのですが、幸運なことに2023年ランキングで1位を取り、続いて2024年も1位になることができました。 ――面接において、何か工夫されたことはありますか。 採用メンバーに常日頃話しているのは、「採用はファンづくり」だということです。すべての応募者に気持ちよく面接を受けてもらい、残念ながら選考に通過しなかった方にも「ニコンに入りたかったな」と思ってもらえることを意識しています。 ニコンに入社しなかった学生が、ニコンの取引先で働く可能性もあります。他の会社でさまざまな経験を積んでから、キャリア採用で再び応募してくれるかもしれません。採用でニコンを訪れてくれた方と今後どのようにつながるかわからないため、ファンになってもらいたいのです。 ――人的資本経営で今後、さらに注力すべき課題がありましたらお聞かせください。 キャリア採用の強化と入社後の育成です。2024年度は新卒採用150人、キャリア採用300人を年間目標に置いています。新卒採用では、イベントのアイデアが出てから1ヵ月以内にオンラインで開催できるくらいのスピード感を実現しました。この流れをキャリア採用にも取り入れたいと思っています。PJ発足の際に新卒採用とキャリア採用の組織を分割しましたが、2024年6月から再び一つの組織が担うことになり、私が責任者を務めています。 キャリア採用は、本社など都心エリアは比較的採用しやすいのですが、地方での採用に苦戦しています。そこで、エリアを限定して地域性を持たせたイベントを企画中です。入社した方がスムーズに活躍できる環境整備も進めたいと考えています。キャリア入社の場合、受け入れ部門が即戦力という認識をもっているため、すぐに仕事を渡して周囲があまりケアできていない状態に陥りがち。そのため、社内システムの使い方を教えるなど、キャリア入社の方が入社後早期に活躍できる下地を整えるガイド役を、必ず一人アサインしてもらうようにしました。 また、キャリア入社の方と事業部長・本部長が定期的に意見交換を行う場を設定している部門も出てきました。入社後のギャップがないか、参考となる他社の取り組みがないかを直接聞き、職場改善につなげる機会になっているようです。 新卒社員に関しては入社後すぐ離職する人は多くありませんが、若手社員を対象にして、会社にどんな支援を望んでいるかアンケートをとるなど、積極的に意見を聞き、その中から出てきた意見を基にフォロー体制を更に整える検討を始めています。 ――“売り手市場”と言われて久しい就職市場で、各社とも求める人材を獲得することに苦労していると思います。採用に悩む人事担当者にアドバイスやメッセージをお願いします。 まず、学生らからどのように思われているのか、自社の立ち位置を正確に確認することが重要です。また、「自社の良さ」を改めて考えることも。採用に苦戦していると「自社にはあまり魅力がない」というネガティブ思考に陥ってしまいがちです。実際に当社もそうでした。しかし、学生がすごいと思ってくれるようなネタは社内の意外なところにあるものです。その上で、「応募者がどのような情報を求めているのか」を相手の立場になって考え、自社の魅力と結び付けて発信できるかが、これまで以上に採用の明暗を分けると思います。一緒に頑張っていきましょう。
プロフィール
古市 典昭さん(株式会社ニコン 経営管理本部 人事部 採用課長) ふるいち・のりあき/大学卒業後、住宅メーカー、ITコンサルティング会社、社会保険労務士法人、政府系企業再生ファンドでの勤務を経て2011年に株式会社ニコン入社。人事企画職、アジア統括人事(シンガポール駐在)、人材開発部企画課長を経て、2022年4月より新卒採用と採用ブランディングの責任者となり、2024年6月からはキャリア採用の責任者も務めている。