なぜ小林陵侑は24年ぶりの五輪ジャンプ金メダルを獲得できたのか…ライバルが苦しんだ追い風を味方につけた最強技術とメンタル
興奮冷めやらない小林は、言葉を整理できていなかった様子だったが、報道によると、その後のミックスゾーン取材で名言を残した。 「五輪に魔物はいましたか?」と問われ「僕自身が魔物だったかも」と答えたのである。ライバル達からすれば、小林のこの日のジャンプこそが“魔物”に思えたのかもしれない。 金メダルをたぐり寄せるビッグジャンプがあった。 1回目。トップ10の選手らの飛躍に入ると序盤の向かい風から一転、最悪の追い風が吹き始めた。金メダルを3つ持つロベルト・ヨハンソンが97.0mと失速、1月だけでW杯3勝と勢いに乗るマリウス・リンビクが96、5m、昨季の総合王者、ハルボルエグネル・グラネルも97.0mと強豪ノルウェー勢も100mのラインを越えることができない。 だが、小林だけは違っていた。7か所の計測ポイントで、追い風0.5m前後に見舞われた中で、ドンピシャのタイミングで飛び出すと、すぐさまV字姿勢に入り空中でスキー板を安定させてグングン伸びた。106mのヒルサイズに迫る104.5mのビッグジャンプで一気にトップへと躍り出たのだ。小林の後にオオトリで飛んだW杯ランキング1位のライバル、カール・ガイガー(ドイツ)は96.0mの21位と沈む。 なぜ小林は追い風を苦手としないのか。 実は、そこには小林の持つ柔軟性と修正能力の高さがある。まず踏み切りでまったく滑るようなロスがない。そして上体だけでなく特に足首が柔らかいため、流体力学的に追い風の影響を最も避けることのできる理想的な“飛行姿勢”を維持してスキー板の角度を着地ギリギリまで安定させることが可能なのだ。 ノーマルヒルは、技術の結晶の種目だと言われる。助走距離が短く、繊細な修正能力が必要とされるため、パワー重視のW杯では、ラージヒルとフライングしか行われていない。本当のジャンプ技術が試されるのが、ノーマルヒルであり、小林の能力が最大限に発揮できる種目だった。 まして、飛距離の伸びない追い風が吹き、国家ジャンプセンターのジャンプ台は、「R」と呼ばれる踏み切り直前の傾斜がゆるく、「G(重力)」を感じにくい。さらに対応能力が試された北京五輪の舞台でライバル達が、修正しきれず、次々とギブアップする中で、“師匠”と慕う土屋ホームの選手兼任監督の“レジェンド”葛西紀明氏のアドバイスを受けながら、究極の技術を追求してきた小林が、細心の準備を整えて黄金のメダルを手にしたのである。 出場50人のうちただ一人だけ試技を飛ばなかった。前日5日の予選前には、試技でヒルサイズを越える106.5mを飛び、予選でも99mをマークしていたため、「いいイメージがあったし疲れるからいいかな」と、あえて封印した。イメージを具現化できるのも小林の長所のひとつだが、実は、これ、ホームの札幌・大倉山で、しばしば“師匠”の葛西氏が採用していた必勝ルーティンでもある。