1日14時間以上働いても「手取り15万円」 美容師らの“苦境”
そんな日々を送るうち、「こんなに長時間拘束されているのに……」と低賃金が我慢できなくなってきた。考えれば考えるほど、割に合っていない。それに加えて、タテの人間関係も合わなかった。 「超がつく男社会でした。アシスタントは雑用ばかり。別の店では、同期が蹴られたり、殴られたりのパワハラを受けて。スタイリスト・デビューも年数ではなく、いかに気に入られるか。嫌われた人は、いつまでもデビューができないのです。目の前に1000万円を置かれても、絶対に戻りませんね。もうやりたくない。美容師という職業がよっぽど好きでないと、あの環境下で働き続けるなんてできませんよ」 大木さんは美容師を辞め、今は別の職業に就いている。
国、離職率などの全容は把握せず
美容室の数はここ20年以上、増加を続けている。厚生労働省の「衛生行政報告例」(2020年度版)によると、美容室の数は全国で25万7890施設を数え、コンビニエンスストアの4.5倍に達する。 2000年代に美容師ブームが起きて免許を取る人が急増し、2005年度には新規取得者が2万9452人に。木村拓哉が演じる美容師を主人公としたテレビドラマ「Beautiful Life ~ふたりでいた日々~」(TBS系列、2000年)の影響が大きかったとされる。しかし、それがピークだった。2010年度には2万人を下回り、2021年度では約1万8000人になっている。
美容師は国家資格だ。厚生労働大臣指定の養成施設で必要課程を修了して初めて受験資格を得ることができる。昼間の養成施設か夜間過程では2年間、通信の場合には3年間以上の課程を修める必要がある。その後、実技と筆記の国家試験に合格しなければならない。 東京都内にある美容師専門学校の関係者は「当時は大学を蹴って専門学校に来る人もいた。今は来ない。ブラックだってわかっていますからね。新卒美容師の離職率は、今では3割を超えている」と話す。 実際、低賃金の実情を示すデータには事欠かない。国税庁の「民間給与実態統計調査」(2021年)によると、民間給与所得者の平均年収は約443万円。一方、理容・美容師の平均年収は約322万円(厚生労働省・2021年「賃金構造基本統計調査」より試算)となっている。異なる統計間の直接比較は難しいが、理容・美容師は低い水準にあることが窺える。アシスタントの時期はもっと低い。 美容師たちの労働状況を改善しようと、厚生労働省は2022年1月、「美容師の養成のあり方に関する検討会」を設けた。同省医薬・生活衛生局の担当者によると、美容師の離職率の高さが問題として指摘されたが、美容師だけを対象とした離職率の公表データは国や業界団体に一つもない。今も本格的な調査や実態解明は行われておらず、賃金などの待遇改善も主要議題になっていない。